11月のある土曜日、宇都宮駅の目の前からチャーターバスに乗った。到着したのは「岩山」。もともとは大谷石を切り出していた採掘所らしい。天然の洞窟とはあきらかに違う直線で切り取られた穴に入ると、iPhoneでも映らない真っ暗な空間にかがり火が炊かれ、無数のろうそくが延々と並んでいた。
巨大空間の突き当たりには映画館のスクリーンよりも巨大なおよそ1000インチの岩壁があり、そこと天井に、大規模プロジェクションマッピング用の数千万円級のプロジェクタで「VENT」の文字が映し出されていた。ワインやシャンパンが配られたあとイベント主催者の挨拶があり、続いてVENTが応援している研究や開発プロジェクトが紹介された。
最初のプレゼンターはバーンドノート・スミルデ。室内に雲を作り出すアート作品をつくるアーティストで、最近は岬にある灯台の灯りを特殊なプリズムに当て夜の都会(摩天楼)に虹を出現させる作品を手掛けている。
続くプレゼンターはレディー・ガガにも選ばれた生物的な見た目を持つ靴をつくるシューズデザイナー・串野真也と、上半身と下半身で違う生物を組み合わせたような合成生物学の研究をするアストロバイオロジスト・藤島皓介による開発プロジェクト。その後には世界的ゲームデザイナーの水口哲也が地下水のある巨大空間にジェスチャーで操れる巨大な光のクジラを出現させたり、研究者の落合陽一が現実空間にタッチ操作ができる光で描かれたバーチャルボタンを表示させる研究について話したり、建築家の石上純也がまったく新しい工法でつくる地下洞窟のような新しい形の建築についての話をしたりと、タイムスリップして22世紀の未来に来たかのような気持ちになる、すごいイベントだった。
まだ明日の天気ひとつすら操れず、自然災害で大勢が命を落とすか弱い存在の人類だが、その一方でかなりすごい力も備えてきた。筆者が好きなサーカス集団、シルク・ド・ソレイユは「Impossible is only a word(不可能はただの単語に過ぎない)」をモットーとして掲げているが、実際に想像力のたがを外してチャレンジすれば、AIに代表されるデジタルテクノロジーや遺伝子工学、生命科学といった人類の叡智が、それまで人間が築いてきた価値観を壊し、まったく想像がつかないすごい未来を開拓し始めている。
もちろん、そのすごさゆえに下手をしたら人類そのものを絶滅や絶望の淵に追いやる恐さも持っている。だからこそ、今の社会では人類の表現と可能性の最前線にチャレンジする実験場としての「アート」が、歴史上かつてないほどまでに重要になってきていると思う。
残念ながら、こうした最新鋭のアートに対して世の中の認知は低く、展示として見られる場所も、議論に参加できる場所も限られていれば、それを取り上げる媒体もまだまだ少ない。しかし、それは世界でも同じで、むしろ日本は新世代アーティストの活躍ぶりを考えれば先進的な部類に入るかもしれない。
ただ日本で遅れているところがあるとすれば、こうした最新鋭のアートと企業との結びつきが進んでいないことだ。米国ではバイオアーティストとして世界的に有名なBCLの福原志保がグーグル社で活躍していたり、iPhone Xから採用されたフルイド・インターフェイス(Fluid Interface)の開発にビョーク(Bjork)のインタラクティブアート作品などを手掛けていたマルコス・アロンゾ(Marcos Alonso)が関わるなどアート界とビジネス界の結びつきが始まっている。
ぜひ2019年からは日本の経営者にも、自社事業の今後の発展を考えてアート領域との結びつきを模索してほしい。