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その額3100億円?Appleが買収した謎の企業・Q.aiとは。次世代Vision Pro、および空間コンピュータの開発が本格化するシグナルか?

著者: 牧野武文

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その額3100億円?Appleが買収した謎の企業・Q.aiとは。次世代Vision Pro、および空間コンピュータの開発が本格化するシグナルか?

Appleは、イスラエルのQ.aiという企業の買収を発表した。Q.aiの創業者・メイゼルス氏は、以前にもPrimeSenseという会社をAppleに売却している。

メイゼルス氏は、主にMicrosoft Xboxで活用されたモーションセンサ「Kinect」、AppleのFace IDの基礎技術を開発したキーマンだ。Q.aiの買収は、空間コンピューティングの開発が本格化するシグナルかもしれない。

Appleが買収したQ.aiの正体。公式Webサイトは何やら怪しい

Appleがひっそりと、ある企業の買収を公表した。それがイスラエルのQ.ai社で、その買収金額は非公表だが、報道では15億ドルから20億ドルという数字が挙げられている。仮に20億ドルだった場合、日本円では約3100億円。これはBeatsの30億ドルに次ぐ大きな買収案件となる。

ただ、このQ.aiの公式Webサイトが妙に怪しい。アクセスしても「この雑音に満ちている世界で、私たちは新たな静寂をつくり出す。魔法は現実に」というメッセージが表示されるだけ。あとは3人の共同創業者のLinkedInページへのリンクが貼られている。

Q.aiのWebサイト
Q.aiのWebサイト。簡単なメッセージと創業者のLinkedInページのリンクがあるだけだ。このように事業内容を秘密にする企業は、ステルススタートアップと呼ばれている。

もし皆さんが、「この企業は有望だから100万円ほど投資しない?」と誘われ、このWebサイトを見たとしたら…。そっとWebサイトを閉じ、詐欺事件に巻き込まれることを回避できるだけの知能を授けてくれた両親に感謝するかもしれない。

このような素っ気ないWebサイトしか作っていない企業は、最近、ステルススタートアップと呼ばれるようになっている。理由があって、あえて目立たないようにしているスタートアップ企業のことだ。

その理由はさまざまで、目立たないように潜伏しながら革新的な製品を出してサプライズ効果を狙っているとか、あまりに革新的なアイデアを持っているため模倣を防ぐとか、突き抜けた技術を持つエンジニアがそろっているため他社からの引き抜きを防ぐとか。

では、Q.aiは何を隠そうとしているのだろうか。




Q.aiを創業したアビアド・メイゼルス氏。過去にもAppleに事業を売却

Q.aiの創業に関わる中心的な人物は、アビアド・メイゼルス(Aviad Maizels)氏。イスラエルに生まれ、米国で活躍するエンジニアで、ちょっとした有名人だ。なぜならメイゼルス氏は、以前にも自分の会社を3.6億ドルでAppleに売却したことがあるのだ。

Q.aiでは、音声に頼らないコミュニケーションの方法を研究していると言われる。表情、囁き声、口の形といった無音コミュニケーションをカメラで読み取り、AIによって理解させる研究だ。

この技術を具体的にどう応用するかは、Q.aiもAppleも何もコメントしていない。しかし、多くの人がSiriへの応用を想像するだろう。騒がしい環境でSiriに命令をしてもうまく認識してくれない、あるいは人前で「Hey Siri!」と叫ぶのは恥ずかしい。そういう場合に、口パクで命令するだけでも伝わるとか、あるいはウィンク2回でマップが開く、などといった操作が実現する。

Vision Proやスマートグラスの課題は、ユーザの“異様な姿”

さらに、空間コンピューティングにも大きな変化を起こすかもしれない。Vison Proが発売された直後の2024年7月はじめ、筆者がとあるカフェに入ったところ、隣にVision Proを装着した青年が座った。彼は、さかんに空中に漂っている何かを摘み取る動作をしている。Vision Proのリリースの存在を知らなければ、ちょっと危ない人に見えたことだろう。

今後、Vision Proだけでなく、スマートグラスはある程度普及していくはずだ。しかし、現実世界への適合は簡単ではない。スマートグラスを装着した人が、ぶつぶつ何かを囁きながら空中の何かをしきりに摘んでいる姿は異様であり、不気味に感じる人が多いのではないだろうか。

それらを使っている姿はエレガントではなく、周囲の人の心理的安全性を害する不快な体験を与えてしまう。Appleが空間コンピューティングやスマートグラスを開発するとき、もっとも考えなければならないのはこの問題だ。

Appleはこのようなデバイス(あるいはAirPodsなど)にセルフカメラを搭載し、顔の表情や口パク、囁き声で操作を可能にしようと考えているのかもしれない。




Xbox 360の「Kinect」に採用された構造化光技術を開発

メイゼルス氏は2005年、PrimeSenseを創業した。ここでの研究開発テーマは、ボディランゲージだった。体の動作をカメラで読み取り、意思を伝えるというもので、カリフォルニア州サンノゼで開催されたゲーム開発者会議(GDC)で展示したところ、Microsoftが興味を持った。そして2010年、Xbox 360の体感リモコンキット「Kinect」にPrimeSenseの技術が搭載されている。

PrimeSense時代に事業内容を自ら紹介するメイゼルス氏。体の動きを感知するシステムを開発し、これがMicrosoft Xbox 360のKinectとなり、その後、Face IDの基本技術にもなった。

Kinectでは、コントローラを使わずにボディランゲージでゲームを操作できる。「魔法のようだ」「未来がやってきた」と大きな話題になった。

Xbox 360のデモ映像。Kinectにより、カメラの前で体を動かすだけでゲーム内のキャラクターを操作できる。

カメラの前に立つだけで顔認証されて自動でサインイン。ゲームでは、体を動かせばその動きがそのままキャラクターに反映されて遊べる。

活用されたのは構造化光(Structured Light)という技術で、数万個の赤外線ドットを放射し、その反射を調べて奥行きや3D物体を認識する。そのデータから人間の骨格を推測し、体がどのような動きをしているかを把握するというものだ。

Face IDの赤外線スポットがどのように放射されているのかを暗視カメラで撮影したInsider Techの映像。これもPrimeSenseの技術が使われている。

ところがMicrosoftは、2013年のXbox Oneで別の技術路線を採用し、第2世代Kinectを発表。PrimeSenseの技術は不要になってしまった。そんな中、AppleがPrimeSenseの買収に動き、同年、3.5億ドルで買収する。

メイゼルス氏がAppleを辞め、Q.aiを創業した理由は?

PrimeSenseの技術がどこに使われたか、それは皆さんもピンとくるはずだ。そう、iPhoneのTrueDepthカメラに採用され、Face IDの基本技術となっている。

PrimeSenseが買収されたあと、メイゼルス氏はそのままAppleの中で次世代コミュニケーション技術の研究を進め、ハードウェアテクノロジーの上級ディレクターとなった。ところが、2022年に突然退職してQ.aiを創業。そして2026年、今回のQ.ai買収で再びAppleに戻ってきた。

なぜこのようなことをするのか。Appleはメイゼル氏を手放さず社内に留めておけば、20億ドルなどという大金を支払わなくてもQ.aiの技術が手に入ったはずだ。

ここからは個人的な妄想なので、皆さんもそれぞれ妄想を膨らませていただきたい。Appleは空間コンピューティングという新しい概念を提案したが、決して関係者全員が賛成だったわけではないだろう。否定的な意見を持っている人も、内部にはたくさんいたと思われる。実際、Vison Proのセールスは伸び悩んでいる。

こういった会社の運命を変えかねない大きな開発を進めるとき、研究チームを外に出し、社内のハレーションが及ばないようにすることはしばしば行われる。つまり、Q.aiはAppleの空間コンピューティングに関する別働部隊であり、買収するのは最初から予定されていたことなのではないだろうか。




Q.aiはAppleの“別働隊”? 空間コンピューティングのへの期待

1970年当時、ニューヨーク州に本社があったゼロックスは、デジタル技術の登場で、コピー機事業の将来に危機感を抱いた。そこでゼロックスは、紙書類ベースのオフィスを延命するのではなく、積極的に自らデジタルオフィスを創造しようと、遠く離れたカリフォルニア州パロアルトに研究所を設立した。

自社のビジネスを終わらせかねない研究に、社内の反対派の声が影響しないよう、あえて遠く離れたパロアルトに研究所を置いたのだと言われている。

しかし、その場所にはスティーブ・ジョブズという天才がいた。彼はパロアルト研究所を見学し、その成果を大いに参考し、未来的オフィスコンピュータを先に商品化してしまった。

それが現在のMacの源流となっている。もしQ.aiがAppleの別働隊なのだとすると、それが本社に戻ったということは、Appleが空間コンピューティングに注力する体制が整ったというシグナルだ。

次世代のVison Proは、2026年春から2027年にかけて発売されるのではないかと報道されている。まだ時間があるため、Q.aiのコミュニケーション技術が採用されるかもしれない。いよいよ空間コンピューティングが本格的な普及モードに入るのか、期待して待とう。

編集:Mac Fan編集部
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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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