VCDでも大成功、その後引退。分社化した事業は苦境に陥るも、そこからOPPOが誕生する
歩歩高では、音楽CDに映像を収録し再生できるVCD(ビデオCD)のデッキを開発して販売した。DVDがまだない時代だ。ジャッキー・チェンやアーノルド・シュワルツェネッガーを起用したテレビ広告を流したことで、これもよく売れた。
1999年になると、歩歩高には3つの柱の事業ができていた。ひとつはVCDデッキをつくる映像機器事業。2つ目はコードレスフォンをつくる電話機事業。3つ目は学習パソコンや電子辞書をつくる学習機器事業だ。
段永平氏はここで大きな決断をする。3つの事業をすべて独立会社にしたのだ。それぞれの新会社のトップは、歩歩高に大きく貢献してきた人たちだ。そして、段永平氏は3つの会社の株式を10%程度保有して完全引退した。このとき、2001年。段永平氏はまだ40歳という若さだった。
3つの会社はその後どうなったのか。映像系事業の歩歩高視听電子は、ソニー、フィリップス、松下電器が提唱するDVDの台頭により、苦境に直面する。そこで、映像製品からiPodの登場でブームになっていたMP3プレーヤに転身した。
iPod風の名前をつけようと考え、つけた製品名は「OPPO」(オッポ)。そしてMP3プレイヤの売れ行きが下がってくると、携帯電話やスマートフォンの開発を始める。これが成功し、社名も「OPPO」に変更した。

歩歩高を源流にvivoも誕生。子ども用スマートウォッチは、中国で大ヒットを続けている
電話機事業を経て、携帯電話事業を行うようになった歩歩高通信は、そこからさらにスマートフォンへと移行し、そのブランド名を「vivo」(ビーボ)とした。このvivoが有名になったため、社名もvivoに変更している。

また、学習機や電子辞書事業を行っていた歩歩高教育電子は、子ども用スマートウォッチ「小天才」を大ヒットさせた。スマートウォッチながらSIMカードが挿入でき、電話やビデオ通話をできる。しかも、ビデオ通話をするときは文字盤部分を立てることができ、フロントカメラが子どもの顔を捉え、リアカメラで風景を捉える。親は子どもがどこで何をしているのか確認できるのだ。

SNS機能もついているが、友人になるには小天才同士をタッチさせる必要がある。つまり、実際に対面した人としかSNSでつながることができない。親にしてみれば、ネットでおかしな人とつながることがないため安心できるのだ。
この小天才をタッチさせる際、腕を高く挙げるポーズを考案し、プロモーションした。これがまた、子どもたちの心をくすぐって売れている。高校生になっても、スマホではなく小天才をよく使う人がかなりいるそうだ。子どものときからの人間関係が小天才に入っているため、やめるにやめられないのだという。

段永平氏は引退後、個人投資家となってAppleに投資し、資産を16倍に増やした。また、独立させたOPPO、vivo、歩歩高教育電子は、それぞれ活躍している。段永平氏は、自分が生まれた中国でAppleのような会社をつくりたかったのかもしれない。その情熱がApple株の保有につながっている。段永平氏は現在米国で暮らし、大好きなゴルフ三昧の日々を送っているという。

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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。


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