スティーブ・ジョブズが亡くなった直後。Appleの行く先が不安視される中、13万株を購入
まず驚くのが段永平氏のAppleへの肩入れぶりだ。バフェット氏のポートフォリオのうち、Apple株は全体の22.69%でしかない。一方、段永平氏はポートフォリオのうち60.42%がApple株だ。つまり、資金の半分以上をAppleに賭けている。
しかも、Apple株を買い始めたのは2011年11月。ティム・クックがCEOに就任し、スティーブ・ジョブズが亡くなった直後だ。多くの人が、ジョブズを失ったショックの中にあった。また、ビジョナリストではなくサプライチェーンの専門家であるティム・クックがCEOに就任したことで、「これからのAppleは大丈夫だろうか」と不安を感じていた時期だ。この時期に13.1万株を買い、それ以降、買い増して350万株にまで増やしている。

なぜ、段永平氏は、ここまでAppleに肩入れをするのだろうか。その理由は本人しかわからないが、Appleが「自分がつくりたかった会社」だからではないかと思う。段永平氏は1961年の中国という難しい時代に生まれ、戦いながら事業を成功させてきた。
彼には理想の会社の形があった。それは「貢献をした人がそれに応じた報酬を受け取る企業」だ。Appleに自分の理想を見たのかもしれない。
文化大革命下に生まれた段永平氏。農村から大学へ。町工場の再生から始まった快進撃
1961年、中国江西省南昌市に生まれた段永平氏は、子ども時代に筆舌に尽くしがたい苦労をした。当時は、文化大革命という中国の暗い歴史の時期にあたる。しかも段永平氏の両親は教師をしていたため、インテリというレッテルを貼られ、農村で暮らさざるをえなくなった。学校に行っても簡単な読み書き計算をやるだけ。残りの時間は日が暮れるまで農作業をしなければならない生活である。
しかし、中国の統一試験「高考」が始まったことで段永平氏は救われた。統一試験を受ければ、点数次第で行きたい大学に行ける。高校での成績や素行などは関係がない。試験だけの一発勝負だ。
段永平氏は、人生を大逆転させる千載一遇のチャンスと見て猛勉強し、名門の浙江大学に進学する。そこでは無線通信技術を専攻した。そう遠くない将来、企業や個人が無線通信で連絡を取る世の中がやってくると確信していたからだ。
その後、大学院を卒業して広東省の怡華集団に応募すると、傘下の日華電子という会社を運営しないかと誘われた。会社といっても、工員数20名ほどの小さな町工場だ。この倒産寸前の小さな町工場を再生させるだけでなく、急成長させたことで、段永平氏の快進撃が始まった。
では、段永平氏の仕事を見ていこう。



