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漫画家・井上三太インタビュー。“デジタル作画”の普及前夜、Quadra 800と歩み始めた「漫画=自分の人生」を描く旅。新作『惨家』に込めた想い

著者: 牧野武文

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漫画家・井上三太インタビュー。“デジタル作画”の普及前夜、Quadra 800と歩み始めた「漫画=自分の人生」を描く旅。新作『惨家』に込めた想い

ごく普通の中年男性が、地下鉄で騒ぐ青年をたしなめた。それだけのことで、何十年もかけて築き上げてきた幸せな家庭が一瞬で“惨家”となる。ヤンチャンWebで連載中の漫画『惨家』(ざんげ)作者・井上三太氏の仕事場を訪ねた。

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※この記事は『Mac Fan』2026年2月号に掲載されたものです。

1989年、『まぁだぁ』でヤングサンデー新人賞を受賞しデビュー。1993年に出版された『TOKYO TRIBE』シリーズはライフワークとなり、海外でも出版。アニメ化、映画化も果たす。また、1994年に『隣人13号』でサイコホラーを開拓。2022年には『惨家』の連載をスタートした。DJとして2枚のCDをリリースするほか、ファッションブランド「SNATASTIC!」のデザイナー兼CEOとしても活躍している。

“日本で5番目”にMacで原稿を描いた。井上三太とAppleデバイスの出会い

井上氏が使用する画材道具は、Mac Studioとペンタブレット、そしてiPad ProとApple Pencilの2つの組み合わせ。iPad Proの「Procreate」アプリでネーム(漫画のラフ案)を描き、Macアプリ「ComicStudio」で原稿にペン入れをしている。

メインマシンはMac Studio。これが故障すると、すべての仕事が止まる。井上氏にとってもっとも大切な道具だ。
MacBook Airは、DJ用、そして遊び用。漫画の仕事に使うMac Studioとは明確に役割を分けている。

マシンのスペックに違いはあれど、現代において、いずれも漫画家の必須装備と言えるものだ。しかし、井上氏のデジタル対応は早かった。

「あくまで自分調べですが、僕は日本で5番目にMacで原稿を描いた漫画家です」

井上氏は1989年に漫画家デビューした当時、アパレルデザイナーと交流があり、その事務所に並ぶMacに憧れを持った。しかし、当時のMacは高嶺の花。井上氏もデビューしたばかりでお金がない。そこで父親に頼み込み、Quadra 800を購入してもらったという。

だが、そのころはまだ漫画制作用のソフトが存在しなかった。その結果、手書きの原稿をスキャンして「Photoshop」で仕上げるというワークフローに辿り着く。




早過ぎたが故に遅れた「ComicStudio」デビュー

しかし、あまりに早すぎた。スキャナの解像度が粗いせいで、Gペンで描いた線の繊細さが損なわれてしまうのだ。しかも、当時の印刷所はデジタル入稿に対応していない。そのため、完成した原稿をインクジェットプリンタで印刷し、それを印刷所に持ち込み、再度スキャナで読み込んで印刷にかけることとなる。出力とスキャンのたびに原稿の繊細さは失われ、代わりにモアレや汚れが加わっていく。

「これはプロユースとしては問題があるなと思いました。登場人物の服の柄をPhotoshopで作ってスクリーントーン化して、それを出力して原稿に貼る、といったような苦労をしていたのに、全部ムダになってしまう」

結局、全工程を手描きするスタイルに戻るしかなかった。ところが2001年、「ComicStudio」が発売され、瞬く間に漫画家の標準ツールとして普及する。しかし、当時の井上氏はそれを知らなかったという。

「あるとき編集者に、みんなComicStudioを使ってますよ、なんて言われて。もう浦島太郎の気分でしたね。日本で5番目にデジタル対応したはずなのに、いつの間にか取り残されていた。それ以来、Mac、ペンタブレット、iPadを使って漫画を描いています」。

Macとペンタブレットを接続し、「ComicStudio」で漫画を描く。下書きを作ることはせず、iPad Proに表示したネームを見ながらペン入れしていくというから驚きだ。
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井上三太のシグネチャー的演出。恐怖を煽る絵の“歪み”

井上氏の漫画は、タッチが作品ごとに違う。『TOKYO TRIBE』はグラフティを彷彿とさせるポップなスタイル。『隣人13号』ではサイコホラーならではのリアルなタッチ。『もて介』ではコメディらしいシンプルなタッチ。これらはすべて、「ComicStudio」で描きわけているという。

「ペンもすべて同じです。描き分けの方法は説明が難しいんですけど、力の入れ方をグーっと変えるというか…。ComicStudioがめちゃめちゃいいアプリですからね」

もうひとつ気になることがある。それは『惨家』のほとんどの絵に、“歪み”があることだ。魚眼レンズでのぞいたかのように、空間が歪曲している。そして、『惨家』の登場人物たちにも歪みがある。それを観察し、漫画にする作者も歪んでいる? そして、読者である自分も歪んでいる…? と思わされ、底冷えのする恐怖感が漂ってくるのだ。

「あれはね、ハーフ魚眼のレンズで写真を撮って、背景に使っているからです。映像作品でも、ぐにゃっと曲がっているのが好きなんですよ。漫画における歪みはひとつの特徴であり、僕のシグネチャーになるとも思っています」

井上氏のデスク。長らくiMacを愛用していたが、Mac Studioの登場に合わせて外付けディスプレイを購入。そのほかMagic KeyboardとMagic Mouse、左手デバイスの「TourBox」も使用している。
「Procreate」アプリで描かれたネーム。ネームの役割は漫画家によって異なるが、井上氏はかなり描き込みが多い。特に、ネームで登場人物の表情まで描くことを意識しているとか。
こちらもネーム。決め絵になると、より一層力が入る。ここで描きこんでおくことがのちのペン入れに影響し、作品の質を決めることも多いと話す。
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歪みと直線。井上作品の演出を支えるiPhone 16のカメラ

井上氏はiPhone 8を長らく使用してきた。今後もずっと使い続けるつもりだったが、iPhoneのカメラ性能の進化を耳にし、2024年にiPhone 16に買い替えたという。

「もう、仕事レベルのクオリティですよね。一眼レフカメラも使ってますが、取材時にiPhoneで撮影することも多くなってきました」

これがまた怖い。歪んだ絵が並ぶ『惨家』を読んでいると、直線がはっきりした絵が時折挟まる。これが、歪み切った世界がふと正気に戻るようで怖いのだ。

「望遠レンズで撮って、真っ直ぐに伸びたビルを真っ直ぐに描くというのも好きなんです。なんか、歪みがないっていうのも怖いでしょ?」

ネーム制作は、iPad Proの「Procreate」アプリで行っている。また、漫画のアイデアは「GoodNotes」アプリにメモしているとか。
取材時、井上氏がダミーのネームを描いてくれた。真っ白な原稿が、わずか数分で漫画になっていく。魔法を見ているかのようだ。
ペン入れ原稿。体の線や服のシワに沿った洋服の柄に注目してほしい。井上氏は、劇中に登場する衣類を実際に購入し、“着たらどうなるか”を確認したうえで絵に落としこんでいる。デビュー当時からこういった質感やリアルさにこだわっており、たとえば『TOKYO TRIBE 2』の主人公・海(かい)が着用するダウンの生地は、当時「Photoshop」で自作したスクリーントーンだという。

『惨家』は失敗できない作品。漫画家歴35年、ベテラン作家が目指す先

『惨家』は、漫画家・井上三太氏の代表作と呼ばれるようになるだろう。それほど完成度が高い。実際に起きた陰惨な事件が下敷きとなり、そこに『隣人13号』という撹乱要素が投下されることで、物語は意外な方向に展開していく。

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最新作『惨家』(ざんげ)。実際に起きた凄惨な事件を元に、井上氏のキャラクターである隣人13号が加わって物語が展開する。読後感は絶望。取り扱い注意の作品だ。

「惨家は失敗できない作品なんです。僕も漫画家歴35年のベテランになり、才能ある若い作家がどんどん登場してきている。歳を取っても描き続けられる漫画家なんてほんの一握りなんです。だから、どうしたら読者が喜んでくれるだろうか、といつも考えています。そこで出てきたのが、世の中で起きた異常な事件を犯人の視点で描けないかということでした」

  “一線”を踏み越えてしまう人間が、街のどこかで暮らしている。静かで平和に見える街でも、何かのきっかけでその異常さが顕在化してくる。『惨家』はそんな漫画だ。

現在、井上氏が期待しているのは『惨家』の映画化だという。

「内容や表現的にアニメ化は難しいでしょうから、実写化できないかなと思っています。韓国映画がいいですね。一時期の韓国映画は、もうエグかったですから。人間ってこんなひどいことができてしまうんだ、ということを表現しきっていた」

たしかに、『惨家』は韓国ノワール映画と共通したものを感じさせてくれる。




自分の人生を描いている…? 井上三太が感じる恐怖とは

「でも結局、漫画で自分の人生を描いているんですよ。自分の人生で起きたことを物語にしてるんです」

井上氏は『惨家』のような体験をしてきたのか。それは恐ろしすぎて訊くことがはばかられた。では、井上氏が今もっとも恐怖を感じることは何か。

「停電です。あとはMacが故障して起ち上がらなくなるとか。仕事がいっぱいいっぱいでですから、それだけで締切を落とすことになる。何かあったら怖いから、Mac Studioは仕事専用で、趣味で使うことは絶対にありません」

井上氏は今日も、仕事場の大きな窓から静かで平和な街を眺めながら、Macに向かって物語を描いている。

撮影の都合でブラインドを下ろしているが、前方は一面が窓。高台に位置する井上氏の仕事場からは、視野いっぱいに住宅街が広がっている。開放感を覚える一方、この街のどこかにも…と恐怖感を覚えた。
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著者プロフィール

牧野武文

牧野武文

フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。

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