わずか8カ月後に追加された上位モデル「Macintosh 512K」
2024年3月号のMac FanはMacintosh誕生40周年特集号ということで、本連載でも改めて40年前のMacを振り返ることにした。ただし、アメリカ現地時間の1984年1月24日に発売された初代モデルはすでに取り上げているので、そのわずか8カ月後の9月10日にデビューした上位モデルの「Macintosh 512K」である。
このモデルは、7.8338 MHz駆動のMotorola 68000をはじめとして基本設計は初代モデルを踏襲しており、唯一の違いはRAMが128Kから512Kに拡張されていることだった。開発時のコードネームは「Fat Mac」で、これもRAMの増加を「Macが太った」ことに見立てたものだ。当時は、まだ現在のようにAppleの秘密主義は徹底されていなかったので、どこから漏れたのか、Mac関連のメディアやユーザークラブでも、Fat Macが普通にこのモデルの通称として使われたりしていたことも懐かしい。
RAM容量が512Kだったのは、コスト的な問題以前に、メモリチップを直接ソケットにはめ込む方式では、基板面積の制約からそれが限界であったことに起因する。その後、複数のメモリを1枚のモジュールに実装して装着できるSIMMの技術が開発されたため、1986年のMacintosh Plusでは標準で1MB、最大4MBまで搭載できるようになった。
Excelと持ちつ持たれつの関係
さて、今ではRAMの増量はオプションの範疇であって、その程度でモデル名まで変えるようなことはない。しかし、この当時は一度にRAMが4倍になるのは大きな出来事だった。逆にいえば、初代Macの購入者にとって、1年も経たずに強化モデルがわずかな差額(300ドル差)で発売されたことは、ショックでもあったわけだが…。
AppleがMacintosh 512Kの発売を急いだ大きな理由として考えられるのは、当時、Macにパーソナルコンピュータの未来を感じたMicrosoftのビル・ゲイツが、MacのためにExcelを開発させたからである。初代Mac用には、同じMicrosoftのMultiplanが表計算ソフトとして用意されていたものの、はるかに高機能なEcxelを走らせるには最低でも512KのRAMが必要だったのだ。
一方でAppleとしても、GUIベースのコンピュータの価値を世間にアピールし、Macが高価なおもちゃではないことを証明するために、Excelのようなビジネス向けのソフトを必要としていた。そこで、互いのメリットのためにも、Macintosh 512Kをなるべく早く市場投入することが求められたといえる。
その甲斐あって、Macintosh 512Kはようやく業務にも使えるコンピュータとしてアメリカ国内で認知されるようになり、アーリーアダプターに受け入れられて以降、販売不振に陥っていたMacintoshが息を吹き返すきっかけとなった。
Macintosh 512KはRAMの余裕を活かして「Switcher」と呼ばれる擬似マルチタスク環境も利用でき、また、追って発売された純正レーザプリンタの「LaserWriter」と「Aldus PageMaker」によってデスクトップパブリッシングの礎を築いた。そして40年後の今に振り返ると、そこから遠くまで来たものだと改めて思うのである。
※この記事は『Mac Fan』2024年3月号に掲載されたものです。
著者プロフィール
大谷和利
1958年東京都生まれ。テクノロジーライター、私設アップル・エバンジェリスト、神保町AssistOn(www.assiston.co.jp)取締役。スティーブ・ジョブズ、ビル・ゲイツへのインタビューを含むコンピュータ専門誌への執筆をはじめ、企業のデザイン部門の取材、製品企画のコンサルティングを行っている。









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