※この記事は『Mac Fan』2025年11月号に掲載されたものです。
英政府が要求した「iCloudバックドア」とは何だったのか?
英国政府がAppleに要求した、iCloudを暗号化した情報にアクセスできる仕組み「バックドア(監視用の裏口)」の設置を撤回した。表面的には方針変更のように見えるが、実際はAppleの強い異議申し立てと米英間の外交的調整に押し切られた格好である。
英政府は2025年1月、テロリストの捜査などを目的に、全世界の利用者情報へのアクセスを可能にするようAppleに求めた。これに対しAppleは、一国の要求で暗号化を弱めれば、全世界の利用者が危険にさらされると強く反発し、暗号化の強度は国境を越える普遍的な規範であるべきだと主張。
同社はバックドアを設置する代わりに、英国市場で「高度なデータ保護(ADP)」の提供を停止するという苦渋の選択で応戦した。
そうした対立状況は、英政府による要求取り下げで一転。これはトゥルシー・ギャバード米国家情報長官がSNS「X」で明らかにしたもので、同氏によると、米政府が過去数カ月にわたって英国の関係者に働きかけた結果、英国側が要求の撤回に応じたという。

【URL】https://x.com/DNIGabbard/status/1957623737232007638

暗号化を巡る国家間のせめぎ合い
今までも暗号化は議論を呼んできたものの、今回、米政府がAppleの立場を支持する形となった。
背景には、暗号化を単なる治安対策の問題ではなく、外交や国際秩序に関わる課題として捉える新しい認識の広がりがある。10年前のAppleとFBIの攻防は「ユーザプライバシーを守る企業」対「国家安全保障を優先する政府」という構図だった。一方、今は単純な二項対立を超え、国家主権と国際規範のせめぎ合いに発展している。
この動きを裏づけるように、 8月に米連邦取引委員会(FTC)が異例の警告書簡を公表したのだ。
欧州連合(EU)のデジタルサービス法(DSA)や英国のオンライン安全法が企業に検閲や暗号化弱体化を迫っているとして、Appleを含む米テック企業に対し、安易に従うことは「FTC法第5条違反となりうる」と警告したのである。同条項は「不公正または欺瞞的な行為や慣行」を禁じている。
今回の米政府の英国への働きかけは、単なるAppleへの援護射撃ではない。デジタル空間で「欧州のルール」による地域主権を主張する動きへの明確な牽制だ。暗号化をめぐる衝突は、もはや企業と政府の対立ではなく、デジタル主権をめぐる国家間競争の様相を呈しているのだ。
こうした対立は世界各国に広がりつつあり、日本で2025年12月に施行される「スマホソフトウェア競争促進法」(スマホ新法)もこの大きな潮流の中にある。日本の新法では、セキュリティ確保のために必要な例外措置を講じることが可能だ。日本政府の慎重な姿勢も感じる。しかし、これらも米ビッグテックをめぐる衝突であることに変わりはない。今後、国内外で新たな緊張が生じる可能性も否定できない。



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