ステンレスの溶接加工を得意とし、海外では飲食事業も展開する精和工業所。同社では2020年頃からDXを推進しており、帳票のデジタル化や現場業務の効率化に取り組んできた。
鍵を握ったのは、本社だけでなく現場にも支給したiPadだ。製造現場がどのように変わったのか、総務部情報システム課の伊藤誠也氏、内池優樹氏に話を聞いた。
薄板特殊ステンレスの加工から飲食店の海外展開まで。多彩な領域を持つ精和工業所
精和工業所は、薄板特殊ステンレスの溶接加工を得意とするメーカーだ。環境試験機器や医療用機器、業務用貯湯タンクといった産業用のほか、電気温水器やエコキュート、燃料電池関連溶接筐体などの住宅設備機器も手がけている。
近年は自社開発商品も強化しており、消毒液ディスペンサや小型電気温水器、業務用ホットビールサーバ、だしと味噌・醤油などを直前混合するだしマシンなど、高い技術力を生かした幅広い事業展開が特徴だ。さらにユニークなのは、ベトナムに日本食レストラン「さくらうどん」を展開している点。日本食を広めることで、自社商品であるサーバの販売にもつなげる狙いがあるという。

レガシーなイメージの強い製造業だが、同社は2020年頃からDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進してきた。「直接のきっかけは帳票作成の自動化です」と話すのは、総務部情報システム課の伊藤氏。
「もともと作業日報や残業届といった帳票はエクセル(Excel)で作成し、紙に印刷して管理していました。ただ、それだとどうしても業務が属人化し、効率が落ちるのが課題です。そこで、RPAや帳票のデジタル化を進めようと考えました」(伊藤)
紙の帳票の脱却へ。製造業のDX(デジタルトランスフォーメーション)
課題解決のため、ソフトウェアと同時に導入を進めたのがiPadだ。同社は兵庫県の本社に加え、奈良県と京都府に製造工場を展開しているが、現場にはパソコンがなく帳票のデジタル化が難しい。また、工場内を移動しながら作業するため、パソコンよりも持ち運びしやすいタブレットが適していると考えた。
モデルは第7世代のiPad。手袋を装着する従業員が操作しやすいよう、Apple Pencilも併せて導入している。また、現場では粉塵が舞うため、防塵防水ケースは必須だとか。

最初は5台程度でスモールスタートしたところ、すぐに従業員が便利さに気づき、「どんどん導入してほしい」という声が上がった。そこで導入範囲を拡大。工場の班長クラスの従業員と、製造部の事務所スタッフ全員に一人一台のiPadを配付していった。
「帳票のデジタル化」は取りやめ。一方、iPadが思わぬ利点をもたらした
iPadと各種アプリの導入で、業務は大幅に効率化したと伊藤氏は言う。
「まず、Microsoft Teamsのチャット機能で非同期コミュニケーションができるようになったのは好評でした。『言った・言わない』のトラブルも起きにくくなり、引き継ぎも効率化しましたね。また、iPadのカメラで製品の写真を撮影し、TeamsやOneDriveで共有するというやり方も便利に感じてもらえたようです。従来、事務所のカメラを持ち出して撮影し、事務所に戻ってパソコンに取り込み…という作業でしたから」(伊藤)

一方で課題も見えてきた。
「デジタル化によって、これまでのやり方を変えなければならないことへの反発があったのは事実です。また、せっかく導入したデジタルの帳票システムでしたが、現場からの要求をアプリ側が満たせないという問題に直面しました」(伊藤)
結局、残業届以外の帳票についてはデジタル化を取りやめ、従来どおり紙による作成・管理に戻したという。iPad導入のきっかけになったのは帳票だが、現場に受け入れられたのは、カメラやチャットといった“スマホ的”な便利さだったわけだ。

iPhoneではなくiPadを選ぶ理由。「Excel」アプリがマクロに非対応なのは課題
それならiPhoneの廉価モデルでもよさそうだが、そこはやはりiPadが適しているのだと同課の内池氏は話す。
「iPhoneは画面が小さく、手袋をしたまま細かい操作をするのには向きません。また、デバイスが小さいと持ち出しやすくなり、紛失のリスクも大きくなります」(内池)
iPad版のExcelでマクロが実行できない点は課題だというが、現在は事務所のパソコンをiPadでリモート操作して対応している。生産管理システムも同様だ。
「これまで、工場で在庫チェックなどをする際は、いちいち事務所に戻ってパソコンを開くか、事務所のパソコンを現場に持っていかなければなりませんでした。事務所と工場は片道徒歩5分程度の距離ですが、毎日何度も往復していると、ムダな時間が積み重なります。しかし、iPadを導入したことでその手間がなくなり、残業削減などの効果も出ています」(内池)
「iPadがなければ、残業届を紙で回して手作業で集計したりと、非効率なやり方を続けていたと思います。もはやスマホがない生活を想像できないのと同じで、iPadがない状態は考えられませんね」(伊藤)
iPadの導入により、“紙の有用性”を再発見。適材適所で進めるDX
将来的には班長クラスだけでなく、全社員にiPad、またはiPhoneなどの端末を支給していきたいと内池氏は話す。なぜなら、そうしないと現場のメンバー一人ひとりに情報が行き渡らないからだ。
「チームズで社内イベントなどの情報を発信していますが、それではiPadを持っている従業員にしか伝わりません。現在は、その従業員からほかの従業員に情報共有をしてもらっていますが、正直なところ二度手間です。そこで、iPadとマイクロソフトアカウント、チームズのライセンスを全社員に支給し、情報共有をさらにスムースにしていきたいと考えています」(内池)
一度断念した書類のデジタル化については、現時点では積極的に進めるつもりはないという。
「帳票のデジタル化がうまくいかなかった経験を経て、現場における紙の有用性にも気づかされることになりました。既存の大量の書類をデジタル化して維持・管理するのも大変ですから」(伊藤)
次なるステップはAI活用? すでにシステム化では積極利用が進む
次なるDXとして内池氏と伊藤氏が期待するのはAIだ。すでにシステム課ではAIを積極的に活用しており、社内アプリ用のコーディングといった業務の生産性は、体感で10倍以上になったと伊藤氏は言う。今後はAIの進歩を注視しつつ、現場への導入も検討していきたいとか。
システムの老朽化や現場の反発などもあり、デジタル化に苦労することの多い製造業の現場。そうした企業でDXを進めるなら、精和工業所の事例は大きなヒントになるだろう。
※この記事は『Mac Fan 2025年11月号』に掲載されたものです。
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著者プロフィール
山田井ユウキ
2001年より「マルコ」名義で趣味のテキストサイトを運営しているうちに、いつのまにか書くことが仕事になっていた“テキサイライター”。好きなものはワインとカメラとBL。








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