目次
- 米Appleの学生向けキャンペーン。動画は非公開になったものの、Webページにはアクセス可能
- 子どもから親へのプレゼンは、もう当たり前? Appleが無料配布する81ページの雛形
- プレゼン資料のTipsに学ぶ“極意”。成功の秘訣は、ロジックよりも心を動かすこと
- 「Macの話」をするまでもなく、勝利はほぼ確定。“泣き”から始めるプレゼンテクニック
- プレゼン資料の10枚目で、ようやくMacが登場。感情から事実へ。プレゼン対象者の注目を集める
- 「Macの優位性」は極めて簡潔に。理屈による説得は退屈で無駄が多い
- 価格情報は月額で。しかも、親の“むだ遣い”を引き合いに出してアピールする
- 心理学のテクニック「アンカリング」を活用。あと出しの学割価格でダメ押し!
- Macで学ぶことの優位性を提示。Appleの法務チームが許諾を得た、科学者や知識人の画像とともに
- 最後に再び、心に訴えかける。Appleが提案する、プレゼンの極意ともいえる資料構成
Appleが、とあるプレゼン資料の雛形を無料配布している。「親にMacを買ってもらうためのプレゼン」という、学生向けの雛形だ。
これが、プレゼンをコツを学ぶのに素晴らしい教材となっている。学生はもちろん社会人にも役立つ、プレゼンの達人になるヒントが満載だ。残念ながら日本向けには公開されていないのだが、閲覧方法も含め、その詳細を解説しよう。
米Appleの学生向けキャンペーン。動画は非公開になったものの、Webページにはアクセス可能
米国は9月が新学期。そのためAppleは、米国における新学期フェアを現在開催している。その一環として、動画「The Parent Presentation | How to convince your parents to get you a Mac」(親へのプレゼンテーション:Macの購入を説得する方法)を公開。同時に、プレゼン資料の雛形「Why I Need a Mac for College」(なぜ私は大学でMacが必要なのか)を配布した。
しかし、米国も日本同様にキャンセルカルチャーが広がっているようだ。Appleが公開した動画はSNSで炎上した。
「Macを購入させるために親子関係を利用するとはいかがなものか」という苦情が多かったようだ。そのせいか、Appleは24時間後に動画をプライベート公開に切り替えた。Appleが許可したアカウントからしか観られない仕組みで、事実上の非公開だ。ただし、プレゼンの雛形は、AppleのWebサイト(米国)で現在も配布されている。

子どもから親へのプレゼンは、もう当たり前? Appleが無料配布する81ページの雛形
最近は、日本でも米国でも、家庭内でプレゼンをする家が増えてきているという。たとえば、子どもが親にゲーム機をおねだりをするとき。昔は「買って買って」の連呼で、親と子の根比べになりがちだった。しかし現在は、家庭内プレゼン大会をするとか。
小学生でも、学校でプレゼンツールを使う授業を受けている。班ごとにテーマに沿った調べ物をして、その成果をスライドにまとめて発表する、という授業は珍しくない。特に「Keynote」は直感的にスライドを作ることができるため、プレゼン資料の作成くらい楽にこなしてしまう小学生や中学生が増えている。
家庭内でも、親に買ってもらいたものがある子どもたちはスライドを作り、親にプレゼンして説得するわけだ。内容は子どもらしい強引な理由を並べたものだろうが、子どもにとってはいい経験に違いない。しかも、親と子で楽しい時間を過ごすことができ、子どもの成長を実感できる素晴らしい時間なのではないかと思う。
そこでAppleは、このプレゼン用に合計81ページにもわたるスライドを無料配布した。本編だけでも57ページあり、差し替え用の付録スライドが24ページもある。残念ながら英語のみだが、右クリックで簡単に日本語に翻訳可能だ。
プレゼン資料のTipsに学ぶ“極意”。成功の秘訣は、ロジックよりも心を動かすこと
このスライドが非常に面白い。ユーモアに富んだ内容というだけでなく、プレゼンのコツを自然に学べるのだ。少しくだけすぎだが、企業内でMac導入を提案するプレゼンにも一部使えそうなほどである。
では、このスライドから学べるプレゼンのコツとはどのようなものだろうか。
1枚目は表紙。左下には「Tips」の付箋があり、そこには「親の心を動かす写真を使いましょう。説得をするにはまず相手の心の紐を引っ張る必要があります」とあるほか、教育ジャーニー(これまでの学生生活)を表すような写真を使うべきだとアドバイスが書かれている。入学式やコンテンストの表彰式、タキシードやドレスを着たプロムナイトの写真などを使えということだろう。

個人的にこのTipsにはかなりの衝撃を受けた。なぜなら、プレゼンとは客観的なデータを積み上げ、ロジックで説得していくものだと思っていたからだ。
そうではなく、相手の心を動かすことこそプレゼン成功の秘訣ということだろう。特に、相手が少人数の場合は重要だ。また、従業員数十万人という巨大企業に向けてプレゼンをする場合でも、実は対象は決定権を持っている数人でしかない、ということはよくある。
「Macの話」をするまでもなく、勝利はほぼ確定。“泣き”から始めるプレゼンテクニック
次のスライドでは「長い道のりでした…」とこれまでの学生生活を振り返り、「そして今、次のステップに進む時期になりました」と続く。親であれば、この段階で、ポケットからハンカチを取り出していることだろう。

読者の皆さんの中には、業務でプレゼンに慣れている達人もいると思う。そんな方からすると、泣かせてから説得に入るなんて「ズルすぎ!」と言いたくなるに違いない。
このスライドは、以降さらに親を追い込んでいく。親を泣かせ、すぐにMacの話を始めるのではなく、さらに心を掴むためのもう一押しがある。
「私を愛してくれた親を大学に一緒に連れて行きたいのですが、残念なことに、それはできないことはわかっています」とたたみ込むのだ。普通の親であれば、この言葉を聞いたら「My Boy/Girl!」などと言ってハグしてくるだろう。そこまでくれば、このプレゼンは95%勝ちだ。しかしまだ、舌を出して「親ってチョロい」などという顔をしてはいけない。
プレゼン資料の10枚目で、ようやくMacが登場。感情から事実へ。プレゼン対象者の注目を集める
次のスライドでは、「大学で成功するためには、ラップトップという伴奏者が必要です」と前振りをし、ようやく「Macが必要です」というスライドを見せる。なんとプレゼン資料のスライド10枚目にして、やっとMacが登場するのだ。

そして、ここからプレゼンの空気がガラリと変わる。なぜMacなのかという優位性を説明するセクションでは、「このプレゼンでは、研究によるエビデンスに基づいてMacの優位性を説明します」と、急に論理的になるのだ。ハンカチで涙を拭っていた親たちは、ここで椅子に座り直し、目を見開いてプレゼンに注目するだろう。
「Macの優位性」は極めて簡潔に。理屈による説得は退屈で無駄が多い
またうまいのが、論理的なMacの優位性は箇条書きで5つ紹介されるだけで終わってしまう。ここも個人的に非常に学びがあった。

ビジネスプレゼンでも同じだが、プレゼンターはMacの優位性を示す部分がもっとも重要なパートだと思い込み、さまざまな研究結果のグラフや表を大量に紹介したくなる。しかし、聴衆にとってそれは退屈だ。どのみち、優位性などというのは資料を持ち帰って、自社内で複数の目で裏どりをする必要がある。そのことを今、延々語られても頭に入ってこない。
そのため、このような部分は簡単に済ませ、プレゼン対象がもっとも関心のある話題、「価格」の話に入っていく。
価格情報は月額で。しかも、親の“むだ遣い”を引き合いに出してアピールする
プレゼン対象がもっとも関心のある話題。今回の場合、価格だ。
Macの優位性を簡潔に語ったのち、ようやく「MacBook Air 13”。999ドルから」というスライドが登場。同じスライドには、「大丈夫、考えていることはわかります」という文字がある。そして続くスライドでは、「大学の4年間+新社会人の1年間で使うとすると、なんと月16.65ドルでキャンドルよりも安いのです」と訴えるのだ。
なぜキャンドルなのか。その理由としてTipsに書かれているのは、親の罪悪感に訴えかける品物を出すべき、ということ。親は、意味がないとわかっていても、入浴するときにキャンドルを使うことがある。こういった“親が無駄遣いをしている商品よりも安い”とアピールすべきだとAppleはアドバイスしている。

心理学のテクニック「アンカリング」を活用。あと出しの学割価格でダメ押し!
さらにダメ押し。あえてApple学生特別価格のことは伏せ、価格を提示し、あとから特別価格で899ドルだと切り出す。そして、899ドルの場合は月あたり14.98ドル(約2200円)になるとたたみかけるのだ。
これは心理学ではアンカリングと呼ばれるテクニックだ。最初に999ドルという価格を提示することで、この価格が判断の基準値となる。学生がAppleデバイスを割引価格で購入できることはよく知られているが、事前に正規価格を見せることで、割引価格が実際以上に安く感じられるわけだ。


Macで学ぶことの優位性を提示。Appleの法務チームが許諾を得た、科学者や知識人の画像とともに
さらに、学問を学ぶ上でMacが有用であることを説明し、多数の科学者や知識人がMacを使って偉大な発見や有用な仕事をしていることを提示する。そこに自分の写真を入れ、「私も?」と紹介する。

この科学者たちは、Appleの法務チームが使用の許諾を得た人たちだ。だが、自分で検索し、親が尊敬している人物を入れると効果的だとTipsでアドバイスを添える。
最後に再び、心に訴えかける。Appleが提案する、プレゼンの極意ともいえる資料構成
そして、「Macなしで大学に行くことは、スキューバの装備をしてフルマラソンを走るようなものです」と、再び親の心に訴えかけていく。

心を動かすことから始まって、ロジック部分は親がもっとも関心がある出費について集中。最後には再び心に訴えかける。プレゼンの奥義といえる構成だ。学生だけでなく社会人も、このフォーマットを使えば、会社でMacを導入してもらう、妻/夫に新しいMacを買うのを許可してもらうためのプレゼンができるだろう。
なお、このプレゼン資料はKeynote、PowerPoint、Googleスライドで配布されている。よく考えれば、このスライドを必要とする人は、まだMacを持っていないかもしれないからだ。
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著者プロフィール
牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。








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