iPhoneのSafariの設定で[すべてのCookieをブロック]をオンにしたり、[Appからのトラッキングを許可]をオンにしたりしていると、アプリの起動やWeb検索を行ったときに、トラッキングやCookieの受け入れを要求するダイアログやポップアップウィンドウが現れる。
この要求を承認するとどうなるのか。そしてCookieやトラッキングとはそもそも何なのか。これが今回の疑問だ。
※この記事は『Mac Fan 2023年5月号』に掲載されたものです。
あなたのデータを守るために
iPhoneでWebブラウザアプリ「Safari」を使っているときに、「Cookieを受け入れるかどうか」を尋ねるポップアップが表示された経験はないだろうか。
あるいは、ログインするときに「Cookieを有効にしてください」と表示されたことがあるユーザもいるだろう。これらは「設定」→[アプリ]→[Safari]→[詳細]の[すべてのCookieをブロック]をオンにしておくと表示される。

また、アプリを起動したときに「Appにトラッキングをしないように要求」というダイアログが表示されたこともあるだろう。
これはiOS14.5およびiPadOS14.5以降をインストールした端末で、「設定」アプリ→[プライバシーとセキュリティ]→[トラッキング]→[Appからのトラッキング要求を許可]をオンにしていると表示される。

こういった表示に、読者の皆さんはどう対応しているだろうか。考えられる手段は以降の3つだ。
①設定をオフにしてポップアップが出ないようにしている。
②「許可/受け入れ」を選んでいる(次回からはポップアップが出なくなる)。
③「許可しない/受け入れない」を選んでいる(毎回ポップアップが出る)。
どれを選ぶかは個人の自由だが、Appleは③を勧めている。その理由は、AppleはのWebサイトにある「プライバシー」のページに日本語で解説されている。
特に同ページから閲覧できる「Apple製アプリがあなたのデータをどう扱うかを確認する」は非常にわかりやすく、詳細かつ赤裸々な内容であるため、ぜひ読んでいただきたい。
問題なのは広告の追跡
ここで問題になっているのはトラッキングだ。デジタル広告の配信業者は、ユーザのWebサイトの閲覧情報を参考に配信する広告を決める。
たとえば、ダイエットに関するWebサイトとポテトチップスのWebサイトを頻繁に見る人であれば、この人は「ダイエットをしたいけど、ポテチを食べてしまう人」と推定でき、「ポテチを食べても痩せられる奇跡のダイエットサプリ」の広告を出せば広告効果が高いと考えられる。
Cookieというのは、Webサイトごとに小さなデータをデバイスに保存する仕組みだ。もっともよく利用されるのは、ログイン情報を保存しておくというもの。
過去のログイン情報を利用することで、次にアクセスしたときにもう一度ログイン操作をする必要がなくなるのだ。これが本来のCookieの使い方だった。
しかし、広告配信業者はこのCookieを別の目的で利用する。先の例のように、提携するWebサイトにアクセスしたユーザがほかにどんなWebサイトを閲覧しているのかといった情報を収集し、それを分析してより効果の高い広告を配信するのだ。しかも、ユーザからはどんな閲覧情報が広告配信業者に把握されているのか、簡単に知ることはできない。
さらに問題になっているのが、データ分析の委託だ。広告配信業者はさまざまな分析をするために、収集した閲覧履歴をほかの業者に受け渡す。分析には匿名データが使われるため個人情報保護法には触れないが、複数の匿名データを照合すると個人情報を復元できる可能性がある。
このような分析の委託は何段階にもわたって行われるため、末端の業者になると、匿名データということもあって管理の水準は下がっていく。その結果、そういった匿名データを収集し、個人情報に復元したうえで販売をするデータブローカーと呼ばれる業者も登場しているようだ。
GoogleとMetaの影響力が低下
Appleはこれらの問題の対策として、2017年よりSafariに「ITP(Intelligent Tracking Protection)」と呼ばれる機能を導入している。
簡単にいえば、Cookieを必要に応じて消去し、ログイン情報の維持といった利便性の高い使い方はできるが、トラッキングなどの問題のある使い方はできないようにするというものだ。
ITPの登場は、デジタル広告業界に大きな打撃を与えた。たとえば、インターネットマーケティングの支援を行う株式会社フルスピードが出した「ITPがアクセス解析に与える影響−新規ユーザ率は85%までに上昇」というリリースでは、Webサイトの新規ユーザ率が急上昇していることが紹介されている。

画像:PRTIMES
なぜ新規ユーザ率が向上したのかというと、Cookieの受け入れを拒否するユーザが増えたことで、再訪したユーザかどうかを判断できなくなっているからだ。
このリリースからは、悲鳴に近い生の声が聞こえてくる。「ITP対応などのクッキー規制が進むことで、既存の計測における新規・既存といったユーザ分類が使い物にならない状態に近づいている」「昨対の数字もわからず数値や機能の違いも分からないという混乱した状態」など、デジタル広告業界は難しい局面を迎えているようだ。
これにより、デジタル広告出稿が減少している。理由は単純で、効果測定ができないからだ。その影響はすでに現れており、「Slow fade for Google and Meta’s ad dominance」(GoogleとMetaの広告優位性はゆっくりと後退)という海外の記事では、2022年までの実データと予測値から、GoogleとMetaの広告シェアの低下が報じられている。

画像:Slow fade for Google and Meta’s ad dominance
面白いのは、変わってシェアを伸ばしているのがイーコマースだということ。つまり、Amazonだ。Amazonは基本的に自社のプラットフォーム内で広告を出すため、Cookieに頼らなくても会員の閲覧履歴を収集できる。このようなプラットフォーム内広告はこれまでと変わらず効果が見込めるため、広告主は出稿し続けるのだ。
デジタル広告のあるべき姿
Appleは行き過ぎたデジタル広告業界のプライバシー収集から私たちユーザを守るため、ITPという仕組みを中心にプライバシー保護の仕組みを導入している。ただ、Appleはデジタル広告を否定しているわけではない。
AppleはWebサイトにこう書いている。「こんなことをする必要はありません。広告主は、ユーザを追跡しなくても、グループに対する広告キャンペーンの効果を測定できるのです。Appleは、ユーザのプライバシーを守りながら広告キャンペーンの効果を測るツールの開発に取り組んできました」。
つまり、プライバシーを侵害しなくても、デジタル広告を運営する方法はあるのに、なぜそれを使おうとせず侵害し続けるのか、と咎めているのだ。
また、Appleは2010年のスティーブ・ジョブズの発言を引用している。「だから彼らに聞くべきなんです。毎回、聞くべきです。聞かれるのが嫌になるまで聞くべきです」。
著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。