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サイバー空間を取り巻く現実──民間インテリジェンス機関を立ち上げた理由【軍事評論家・小泉悠インタビュー】

サイバー空間を取り巻く現実──民間インテリジェンス機関を立ち上げた理由【軍事評論家・小泉悠インタビュー】

ロシアのインターネット事情から、Macを活用した衛星画像の解析、情報インフラをめぐる地政学的リスクまで。ロシアの軍事・安全保障に精通し、民間インテリジェンス機関「DEEP DIVE」を立ち上げた小泉悠さんに、サイバー空間を取り巻く現実と安全なインターネット利用に不可欠な視点を伺いました。

小泉悠さん
一般社団法人DEEP DIVE理事、東京大学先端科学技術研究センター(国際安全保障構想分野)准教授。専門はロシアの軍事・安全保障。著書に『「帝国」ロシアの地政学』(東京堂出版、サントリー学芸賞受賞)、『ウクライナ戦争』(ちくま新書)、『オホーツク核要塞』(朝日新書)など。





ロシアにとっての「インターネット」

──小泉先生はロシアの軍事・安全保障の専門家でいらっしゃいますが、多くのロシア人にとってインターネットはどのような存在だとお考えですか?

多くの国と同様、ロシアでも今やインターネットなしでは生活も経済も成り立ちません。しかし、その一方でインターネットが当初想定されたような、非常にフラットで自由なネットワークであっては困るとロシアは考えています。これは、旧ソ連時代にインターネットを受容した当初から一貫している姿勢だと思います。

インターネットは1960年代、カリフォルニア周辺の大学間ネットワークとして始まりました。当時のソ連でもパケット通信という技術を理系の研究者たちが知り、モスクワ大学内に最初のLANを構築しています。ただ、ほぼ同時にKGB(国家保安委員会)が介入し、ネットワークを管理下に置かせたのです。アメリカのインターネットが比較的自由でインディペンデントな空気の中で発展してきたのに対し、ロシアではネット技術が国家統制と結びついて発展してきた歴史があります。

──アメリカ発の技術だったことが、ロシアにとって警戒の理由だったのでしょうか。

それだけではありません。たとえば、ソ連ではコピー機が戦略物資として扱われ、一般の人が自由に所持することはできませんでした。電子複写機の原理自体はソ連でも研究されていたのですが、その技術を実用化することは許されなかったのです。印刷物を複製して配布するという行為自体が、国家にとっては危険と見なされていたからですね。

そうした体制ですので、インターネット通信の登場も当然歓迎されることはなく、国家による規制の対象となりました。しかし、2000年代末頃のプーチン政権下から状況が変化し、むしろ国家がインターネットを監視や統制の手段として積極的に活用するようになっていきました。

──私たちが一般的にイメージするインターネット空間とは、かなり異なるようですね。

技術的な構成要素はどこも同じなのですが、根本的なフィロソフィーにおいてロシアにはまったく異なるインターネットが存在しているのだと思います。これはおそらく中国やイラン、北朝鮮にも共通していて、「片手くらいは」インターネットにつながってはいるものの、それは私たちの想像するようなネット空間とは別物です。技術だけでは定義できない多様なネットワーク空間があるのではないか、というのが私の考えです。

──ロシアではありませんが、実際にインターネットとは別のネットワークを構築する動きもありますよね。

そうですね。もしかすると今の中国であれば、それが可能かもしれません。ただ、現在のロシアにはそのための体力も技術力も不足しているのが現実です。これまでにも「西側と同等のものを自国でつくる」といった試みは繰り返されてきました。たとえば、YouTubeの代替として「RuTube」というサービスを立ち上げたり、OSやスマートフォンの国産化を進めようとしたりしましたが、いずれも成功しているとは言いがたい状況です。

──一般のロシア市民から海外の情報へのアクセスはどうなっているのでしょうか?

ロシア国内からのYouTubeやXの閲覧も制限されていますし、ロシアから外部へのアクセスも次第に厳しくなっています。今や「インターネット=自由な空間」という前提が多くの地域で崩れつつあるんですね。



VPN経由でのロシア情報の調査

──ご研究ではロシアのWebサイトにもアクセスされていると思いますが、最近はVPN(仮想プライベートネットワーク)がないと閲覧できないケースが増えていると聞きます。

おっしゃるとおりで、私は毎日ロシア国防省のサイトをチェックしていますが、多くの場合VPNを使ってベラルーシなどのサーバを経由しないとアクセスできません。接続さえできれば、政府が発表する資料や刊行物などから多くの情報が得られるのですが、ひとつだけVPNを使っても閲覧できないのがロシア下院議会の法案検索サイトです。

ロシアには上院と下院がありますが、実質的に法案審議を担っているのは下院です。審議の過程ではさまざまな決議文書が公開されるのですが、そこには国防に関わる機微な情報が含まれることがあるため閲覧を制限しているのだろうと思います。

──ロシア国内にいる「軍事ブロガー」の情報などもチェックされているのでしょうか?

はい、もちろんです。彼らは、もともと私たちと同じような「軍事オタク」なんですよね。政府の発表から得た情報を共有してくれるので、以前はとても重宝していました。ただ、最近は当局の締め付けが厳しくなってきています。たとえば、航空機の写真を投稿するサイトがあるのですが、ロシア国防省の指示により機体のシリアルナンバーをぼかすようになったり、一部のサイトが公開停止を命じられたりしています。

一方で、ウクライナとの戦争以降、より政府寄りの「ミルブロガー」と呼ばれる志願兵のような人たちも登場しています。彼らは前線で「今日〇〇村を占拠した」といった投稿をSNSなどに上げるのですが、ほかのユーザがその村の給水塔の位置などと照合し、「これは確かにこの場所だ」と特定することもあります。こうして、現地の戦況が断片的に見えてくるわけです。

──かなり生々しい情報ですね。

そうですね。ただ、私は職業的に新兵器の配備状況などを調べることはありますが、最前線での数百メートル単位の動きまで特定したいとはあまり思っていません。重要な局面で参考になる情報があれば、ブロガーの投稿を確認する程度です。

──SNSの情報というと、「Telegram」のことでしょうか?

はい、現在はTelegramが主流ですね。Telegramはかつてロシア政府と対立していましたが、2019年頃に謎の和解があり、それ以降はロシア政府や国営通信社もTelegramに公式チャンネルを持つようになりました。ただ、その一方で、政府の統制が及んでいない情報がTelegramから入手できることもあります。

たとえば、サハリン州のヴァレリー・リマレンコ知事は、昨年末まで毎日のように地元出身者の名前などをTelegramに投稿していて、その情報から戦死者の詳細なデータを取得することができたのです。しかし、国防省からの要請があったのか、現在はその更新も止まっています。

小泉悠氏インタビュー
ロシア国内の情報収集にはVPNが欠かせないと話す小泉悠さん。通信回路の秘匿性に優れたスイスの「Proton VPN」を利用しているといいます。

「DEEP DIVE」設立の背景にある日本人の危機意識

──近年、インターネットなどに公開されている情報を分析・収集する「OSINT(オープンソース・インテリジェンス)」が注目を集めています。小泉さんたちが立ち上げた「DEEP DIVE」について、設立の経緯を教えていただけますか?

きっかけは、代表理事の小原凡司さん(笹川平和財団上席フェロー)との「日本にも地政学的な情報を扱う民間シンクタンクのような存在が必要ではないか」という会話でした。お互い、それぞれの分野で衛星画像の活用などを行っていたこともあり、「そろそろ形にしよう」と話がまとまり、2024年9月に正式に法人化しました。運営資金を募ったクラウドファンディングも成功し、より本格的に活動を開始できるようになりました。

──クラウドファンディングでは4200万円以上が集まったと聞きました。予想以上の反響だったのでは?

正直、驚きました。当初の目標額の4倍以上ですからね。支援者の方々からは「ニュースを見ていて不安になったけれど、こうした問題に取り組む人たちを応援したい」といったメッセージなどを多くいただきました。危機感を共有している人が想像以上に多いのだと実感しました。

また、私自身は東京大学先端科学技術研究センターの「ROLES(東大先端研創発戦略研究オープンラボ)」という別のシンクタンクプロジェクトにも関わっています。そこで安全保障に特化した世論調査を行ったところ、一般の人々の安全保障に対する危機意識が確実に高まっていることがわかりました。

たとえば、直近の2025年2月に実施した調査では、安全保障に不安を感じている人が全体の約65%にのぼり、不安を感じていない人は6〜7%程度でした。どちらとも言えないと回答した人も含めると、約7割の日本人が安全保障に対して不安を抱いているという、ひとつの国民意識が形成されつつあるのだと考えています。DEEP DIVEでは衛星画像の解析など目に見えてわかりやすい情報を扱っていることもあり、共感や支援の輪が広がったのではないでしょうか。

──そもそもの話で恐縮ですが、これまで日本国内には民間のOSINT組織は存在しなかったのでしょうか? 海外では「Oryx(オリックス)」などがよく知られています。

Oryxは、私たちDEEP DIVEとも協力関係にあります。OSINTは、正直に言えば誰にでもできることで、実は一般の企業が日常業務の中で自然とOSINT的な活動を行っているケースも少なくないと思います。

これまで日本国内で組織的にOSINTを扱っていたのは、たとえば通信社のラヂオプレスや陸上自衛隊の基礎情報隊、外務省の国際情報統括官組織、公安調査庁の一部の部門などです。ただ、民間で目立った活動はあまり見られなかったというのが実情です。

また、日本ハッカー協会のようにIT分野に強い人たちが国際的なサイバー犯罪捜査に協力するといった例はありますし、大学や研究機関でも取り組まれてはきましたが、DEEP DIVEのように地政学的なテーマでOSINTを組織的に展開するのは国内では新しい試みだと思っています。

DEEP DIVEクラウドファンディング
2025年2月よりクラウドファンディングが開始されたDEEP DIVEのプロジェクトでは、当初のゴール1000万円を上回り、3月末までに4200万円以上の支援が集まりました。


衛星画像解析の実態とMac

──DEEP DIVEのYouTubeチャンネルでは、Google Earthを使った衛星画像の解説をされていますが、実際の調査ではどのように衛星画像を活用されているのでしょうか?

現在、アメリカの「Maxar Technologies」と契約し、商用としてはもっとも高解像度の衛星画像を取得しています。金額の詳細は申し上げられませんが、年間でサラリーパーソン1人分の年収程度のコストがかかっています。今後はさらに契約を拡大し、継続的な監視や多角的な分析が行える体制を整えていきたいと考えています。

──Google Earthの衛星画像は、解説のための簡易的な位置づけなのでしょうか?

いえ、そうではありません。画質だけでいえば、Google Earthがもっとも詳細でクリアに撮影されています。ただし、リアルタイム性がないため、過去の画像との比較などに利用していて、そういった用途では非常に強力なツールだと思います。

──具体的には、衛星画像からどのような情報が得られるのですか?

たとえば、軍用機や艦船の数の増減、弾薬庫の増設、インフラ整備の進捗状況などが読み取れます。特にインフラの変化は衛星画像の得意とするところで、戦略レベルの動向を把握するのに非常に有効です。一方で、戦術レベルの詳細、つまり部隊の展開や偽装といった点までは、なかなか把握しきれません。

──視認性の観点から、光学画像とレーダー画像を使い分けることもあるのでしょうか?

はい、あります。光学衛星は天候や昼夜の影響を受けやすいので、合成開口レーダー(SAR)も併用しています。SARは曇天でも撮影が可能で、連続観測に適しています。データはTIFF形式で提供されるので、「QGIS」などの地理情報ソフトを使って開いて処理を行っています。最近はMacBook Airの性能が大きく向上し、M4チップ搭載モデルでは快適に作業できるようになりました。

──MacBook Airを選ばれた理由は何かあるのですか?

以前は16インチのMacBook Proも使っていたのですが、持ち歩くには少し重かったんですよ(笑)。Macを使い始めた理由に大きなきっかけはなかったのですが、10年ほど前に「軽くてスタイリッシュだな」と思ってMacBook Airを使い始め、それ以来Windowsノートにはあまり惹かれなくなりました。東大に来てみると同僚もほとんどがMacユーザですし、DEEP DIVEのメンバーも小原さんをはじめ、みんなMacを使っています。

後編は6月26日(木)に公開

著者プロフィール

栗原亮(Arkhē)

栗原亮(Arkhē)

合同会社アルケー代表。1975年東京都日野市生まれ、日本大学大学院文学研究科修士課程修了(哲学)。 出版社勤務を経て、2002年よりフリーランスの編集者兼ライターとして活動を開始。 主にApple社のMac、iPhone、iPadに関する記事を各メディアで執筆。 本誌『Mac Fan』でも「MacBook裏メニュー」「Macの媚薬」などを連載中。

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