Macの黎明期から続く、「JISキーボード/USキーボード」論争。どちらが使いやすいか、また優れているか、という議論だが、USキーボードは見た目が洗練されているというだけではなく、さまざまな利点を持っている。
一方、JISキーボードにも捨てがたい利点があるのも事実だ。果たして、いったいどちらが優れているのか。これが今回の疑問だ。
※この記事は『Mac Fan 2023年2月号』に掲載されたものです。
US派は合理性を求める!?
Macおよびパソコンユーザの中には、「USキーボード派(以降、US派)」と「JISキーボード派(以降、JIS派)」が存在する。一般に、US派は「見た目を気にするおしゃれな人たち」と思われがちだ。間違っているとは言えないが、個人的には別の理由もあると考えている。
それは合理性だ。JISキーボードには「JISかな配列」の刻印が打たれているが、それを使ってタイピングしている人はほとんどいないのではないだろうか。今回、アンケート調査などが行われていないかと思い調べてみたが、民間企業が非公式な形で実施しているものの、公的機関の調査は見つからなかった。
また、身の回りで「JISかな入力を使っている」という人に出会った記憶もない。ちなみに、民間企業の調査でも90%以上がローマ字かな入力という結果だった。
iOSやiPadOSのキーボードにJISかな入力方式は採用されていない
その需要の低さを裏付けるように、iOSやiPadOSのソフトウェアキーボードにJISかな入力方式は採用されていない。「日本語かな入力」を選んでも、iPadは五十音配列となり、iPhoneはフリック入力となる。

日頃からMacでかな入力を使っている人が多くいるのだとしたら、戸惑い、対応を求める声が上がるはずだろう。しかし、そういう声は聞いたことがない。
そう、US派はJISキーボードの「不要な刻印」に不合理さを感じている。US派にとって、JISキーボードは見た目だけでなく、コンセプトがごちゃごちゃしているようにも思えるのだ。
JISには“ズレ”がある
もうひとつ重要なのが、中心線の問題だ。JISキーボードは右側に記号類を納める必要があるため、USキーボードよりも1列キーが多い。そのため、中心線が左に寄ってしまっている。


キーボードのタイピング方法は、ホームポジションに両方の指を置き、そこから指を伸ばして打つというもので、[G]と[H]キーの間で、左右どちらの手が受け持つキーなのかが分かれる。
この[G]と[H]の間を中心線とすると、USキーボードもやや左寄りだが、JISキーボードは輪をかけて左に寄っている。
JISだと肩が凝る?
Macを使うとき、基本的に顔の位置はディスプレイの中心線に正対しようとし、両肩および腕はキーボードの中心線に正対しようとするだろう。
しかし、JISキーボードの中心線は左に大きくずれているため、それに正対しようとすると体に負担がかかる。
肩こりが片側の肩だけに発生したり、体の片側の筋肉だけが疲労するという現象は、このせいで発生しているとも考えられるのだ。
実は筆者のMacもJISキーボードなのだが、このことに気づいてから、Macの画面の右側、通知センターやウィジェットの表示領域を書類の仮置き場と考え、作業用のウィンドウはそこを避けて置くようにしてみた。画面は少し狭くなるが、こうするとディスプレイとキーボードの中心線が揃う。
結果、体の片側だけが凝る現象が少なくなった気がする。もちろん単なる気のせいである可能性も高いので、凝りや疲れが気になる人は、各自工夫をしたうえで試してみていただきたい。
JISの利点は“あの”キー
「出会った記憶がない」と書いたが、JISかな入力の愛好者も当然いるだろう。しかし、これからキーボード入力を習得する方には個人的にはおすすめしない。素直にローマ字入力を覚えるか、あるいはいっそのこと、音声入力を積極的に使ってみるのもありだ。
なお、JISかな入力の利点としては、1キーで1文字入力できるので、1文字入力するのに2キーを打つ必要があるローマ字入力よりも効率的という点が挙げられる。しかし、これはあまり鵜呑みにしないほうがいい。
なぜなら、キーを速く打つには左手と右手を交互に打つのが望ましいが、JISカナ入力だと片手だけで連続してキーを打つこともあり、速度が大きく低下するからだ。そのため、科学的にキーボードの配列を定めるときは、よく使われる単語の統計から、交互打鍵になる単語が増えるように配列するのが基本となっている。
JISを選ぶ人が多いのは、[英数][かな]キーがあるから
その点、現在のJIS配列はこのような科学的な配慮がされているとは思いがたい。そういった状況を解消するため、1986年に当時の通商産業省(現経済産業省)が科学的見地から配列を見直した「新JIS配列」を規格化したが、すでに覚えたローマ字入力やJISかな入力を捨てて新JIS配列を覚え直す人は少なく、利用実態がないとして1999年に廃止されている。
しかし、そんな不合理性を抱えたJISキーボードを選ぶ人が多いのは、[英数][かな]キーがあるからだろう。日本語の文章入力には、日本語、英語、数字、記号などを用いるため、何度も入力モードを切り替えながら作業する必要がある。
JISキーボードであれば[英数]キーと[かな]キーを押すだけとスムースに操作できるが、USキーボードは[コントロール(control)]+[スペース(space)]キーを入力しなければならない。このスムースさの違いが、JISキーボードの最大の利点なのだ。

画像:Happy Hacking Keyboard Professional HYBRID Type-S
Mac購入時の注意点
また、JISキーボードのユーザが多いのは、Apple Storeオンラインの販売方法が影響していると睨んでいる。
購入ページで[キーボードの言語]のプルダウンを開くと、「日本語(JIS)」「英語(US)」などの選択肢が表示される。

macOSは多言語対応なので、どのキーボードを選んでもセットアップ時に言語を日本語にすればいいのだが、そういった知識がないと、「日本語(JIS)」を選ばないと日本語環境でMacを使えないと勘違いしかねない。
なお、USキーボードにしたい場合はここで「英語(US)」を選び、起動時に言語を日本語にすればMacを日本語環境で操作可能だ(ただし、同梱マニュアルは英語版)。

自分にあったキーボードで快適なMacライフを送ろう
ちなみに、JISのキーボードに関する規格書「情報処理系けん盤配列」(JIS X6002−1980)では、キーの配列などが定められており、「相対的な配置に関する規格であり、キー間隔、けん盤の傾斜、キートップと間隔バーの形状、寸法のような物理的要因については対象外とする。
キー上面の表示方法についても規定しない」と書かれている。つまり、刻印をしなくてもJIS規格準拠キーボードを謳うことはできるということだ。
実際、かな刻印を省いたJISキーボードも発売されている。個人的にはApple製品もかな表示をやめてしまえばいいと思うが、少数であってもかな入力をする人がいる限り、Appleは刻印をしないという判断をできないだろう。
キーボードは、Macユーザがもっとも長い時間触れるパーツであり、同時にもっとも体に負担を与えるパーツでもある。そのため、日頃からたくさんの文字入力作業をしている人は、サードパーティ製品を含めて、自分に合ったアイテムを探してみてほしい。製品によって打ち心地が異なるということを知るだけで、新しい体験になるはずだ。
著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。