なぜ私たちはMacに惹かれるのか──。
それはAppleが単なる「商品」ではなく、常に「最高の製品」を目指し、Macを開発しているからにほかならならない。
プロダクトデザイン、パフォーマンス、UI/UX、サウンド、パッケージ…。
ときに異常と言えるほどディテールにこだわり、Macを世に送り出している。
1984年以降愛され続けてきた革新的なパーソナルコンピュータのすごさを、プロフェッショナルや専門家への取材をもとに、改めて掘り下げてみよう。
※この記事は『Mac Fan 2024年7月号』に掲載されたものです。
音響開発者が語るMacオーディオの魅力
音響信号処理の研究者として20年以上のキャリアを持つ、シーイヤー株式会社・代表取締役の村山好孝氏。
Macのオーディオ機器としての性能と音質向上のための工夫、さらに「空間オーディオ」など立体音響の将来性について話を聞いた。

村山好孝さん
シーイヤー株式会社 代表取締役。音響信号処理の研究開発を20年以上重ね、3Dオーディオ技術、指向性マイク、ノイズリダクションなど独自の音響技術のノウハウを活用し、各社システムへの組み込みやオリジナルの製品開発を進めている。
【URL】https://www.cear.co.jp
Macオーディオが持つアドバンテージ
──村山さんが音響処理やデバイス開発にMacを使われるようになったきっかけは何なのでしょうか?
Macは2010年から使い始めていますが、Apple製品はかなり早い時期から音響信号処理に使いやすいライブラリが開発キットに搭載されていたのが大きな理由です。サウンドデバイスの開発ではWindowsのソフトウェアを利用することもありますが、Macでは両方の環境を1台で使えるので開発の効率がよいというメリットがあります。
──オーディオのライブラリというと、Appleのフレームワーク「Core Audio」のことになるのでしょうか。Core Audioには、そもそもどのような特徴があるのですか?
Core Audioの設計思想は、簡単に言えば、iOSやmacOSでオーディオの入出力のチャンネルをなるべく簡単に使えるようにするものです。そのために必要な信号処理やノイズ除去の仕組みが揃っていて、マイクからの自分の声や楽器からの音を出力するまでの時間差が少ない、というのがほかのOSと比べた際のアドバンテージになります。わずかな音の遅延も許されないライブパフォーマンスをするミュージシャンは「Macでなければ演奏できない」といいます。

【URL】https://developer.apple.com/documentation/coreaudio

なぜMacシリーズは“音に強い”のか?
──Macの内蔵スピーカの音質について、村山さんはどう評価していますか?
これはMacだけでなくAirPodsなどApple製品全般に言えることですが、サラウンド再生では音の広がりをきちんと感じられますし、周波数特性もフラットに揃っていてまとまりのある印象です。
──ハードウェア的な構造で注目した点はありますか?
たとえば、2019年の13インチMacBook Airではキーボード下の左右に高音用と低音用のスピーカが各2基配置されていますが、通常このような配置ではなかなか出せないような音を出せているのは驚きです。特に低音部の再生では空気を大きく振動させるためにスピーカのユニットを可能な限り大きくする必要があるのですが、一方で「薄く、軽く」というノートPCに求められる設計とは相反するところがあります。各メーカーもこの不利な状況でいかに良い音を出すか腐心していますが、Macでは基板の配置やスピーカユニットの位置もよく考えられていて全体がオーガナイズされていることが見て取れます。
──Appleシリコン搭載モデルでは、サウンド周りもさらに進化していますね。
最新のMacBook Airではスピーカの開口部がディスプレイのヒンジ部分に移動して、キーボード左右にはグリルの穴が開いていません。かなり特殊な構造ですが、それでも自然な音として聞こえるのはすごいと思います。
フラットなサウンドを実現するための工夫
──Macではスピーカの設計だけでなくデジタル信号処理によって音質を向上させているそうですが、これはどのようなものでしょうか。
音声信号をアンプからそのままスピーカにつないでも、元の音と同じようには聞こえません。キーボードの裏にスピーカが位置している時点でそれは不可能なので、音声信号を処理して必要な人に対して聞こえるようにスピーカを制御しています。一般的には周波数帯の歪みをイコライザで補正するなどしてバランスを取るなどの音作りをしていますが、このバランスは音量を上げるほどに崩れてしまいがちです。Macでは小さい音量でも自然に聞こえるように調整されているので、無闇に音量を上げる必要もありません。
──14インチモデル以上のMacBook Proでは“原音に忠実な”とサウンドシステムを表現していますが、これは何を意味するのでしょう?
Appleの言う「原音」は、マイクで録っている音をそのまま出しているように感じられることを意味していると考えられます。実際にFaceTimeの通話などでは、相手の声が違和感なく聞こえると思います。Apple製品ではマイクとスピーカが連係して、不必要に音を強調せずフラットに聞こえるように信号を調整していることが窺えます。
──たしかに、ビデオ通話の際にも音の自然さが実感できます。
iPhoneやMacでは、複数のマイクを用いた指向性ビームフォーミングによって周囲の環境ノイズを取り除く技術なども搭載しています。「普通に会話する」ために必要な技術を惜しみなく投入しているのも、Apple製品の素晴らしさだと思います。もちろん音声をリアルタイムに処理するにはマシンパワーが必要となりますが、Appleシリコン以降のMacでは処理能力が大幅に向上しているので、ノイズ軽減などの遅延がさらに発生しにくくなっています。
──最近のMacでは6スピーカシステムが一般的になりつつありますが、これにはどのようなメリットがあるのでしょうか?
よく「臨場感を出すためにはスピーカの数が必要」と説明されることがありますが、実際にはスピーカの数を増やす必然性はありません。むしろ、薄型の筐体という制約のもとで、大きなスピーカが単独で行う機能を分散して小型化・薄型化する狙いのほうが大きいと考えられます。
──15インチのMacBook Proや24インチのiMacに搭載されている「フォースキャンセリングウーファ」についても、そのような狙いがあるのでしょうか?
これは低音用のウーファを左右2基ずつ対称に配置することでお互いの振動を打ち消すもので、音量を上げても低音が歪みにくくなると同時にユニット自体のサイズを小さくできるメリットがあります。「臨場感を出す」というのはこれらの技術を積み上げたうえに実現するものなので、また別の次元の話となります。
──最近のApple製品は「空間オーディオ」のように動画や音楽の臨場感を高めるための技術を積極的に導入しています。
Appleシリコン以降のMacでは、AirPodsなどの対応イヤフォンを使わなくても空間オーディオの音源が再生できるようになっています。これはスピーカから両耳に音が届く距離の差を利用して音像を作り出すというものです。内蔵スピーカの場合はヘッドトラッキングを利用できませんが、通常のステレオ音声よりも立体的なサウンドが楽しめます。Appleは立体音響をかなり古い時期から研究していて、ヘッドフォンによるバイノーラルシステムやスピーカによるトランスオーラルシステムといった技術をベースに発展してきた経緯があります。
──なるほど。Macの内蔵スピーカでは、サラウンド効果を確認できる最適な音場は限られてしまうのでしょうか。
基本的にMacを操作する距離というのは誰でも大体同じなので、それに合わせて設計されていると思います。最適な音場は複数の人と共有できないので、市販のサウンドバーなどのオーディオ製品では、小型のスピーカをたくさん並べて制御するなどの方法が採用されています。



立体的なサウンドをポータブルで楽しむ
──Mac内蔵スピーカの音質が向上しているとはいえ、さらなる臨場感を求めるのであれば外部スピーカを接続して再生するのがよさそうですね。ただ、空間オーディオの音源は現状では種類が限られますし、家庭で本格的なサウンドバーなどを用意するのはハードルが少し高そうです。
弊社が新しく開発した「Cear pavé」というワイヤレススピーカでは、通常のステレオ音源でもリアルタイムに解析して、3Dサラウンドとして再生できます。今までBluetoothスピーカは、1対1で楽しむというのが基本でしたが、パヴェではそれだけではなく、1対複数のAuracastを基礎とした「CearLinkに対応し音場を拡張して音楽や映画が楽しめるようになっています。
──小型のスピーカ1台でこんなに立体的な音場が作れるのですね。
臨場感というのは実際に体験しないと納得しにくいものですので、試聴会イベントや展示施設に足を運んでいただければと思います。
──Apple製品も含め、村山さんが今後に期待することはありますか?
Vision Proの登場によって空間オーディオのような立体音響の重要性はさらに高まっていくと考えられます。我々もアップルに刺激を受けながら、さらにいい音を楽しめる製品やサービスを開発していきたいです。


【URL】https://cear.tokyo/
著者プロフィール

栗原亮(Arkhē)
合同会社アルケー代表。1975年東京都日野市生まれ、日本大学大学院文学研究科修士課程修了(哲学)。 出版社勤務を経て、2002年よりフリーランスの編集者兼ライターとして活動を開始。 主にApple社のMac、iPhone、iPadに関する記事を各メディアで執筆。 本誌『Mac Fan』でも「MacBook裏メニュー」「Macの媚薬」などを連載中。