なぜ私たちはMacに惹かれるのか──。
それはAppleが単なる「商品」ではなく、常に「最高の製品」を目指し、Macを開発しているからにほかならならない。
プロダクトデザイン、パフォーマンス、UI/UX、サウンド、パッケージ…。
ときに異常と言えるほどディテールにこだわり、Macを世に送り出している。
1984年以降愛され続けてきた革新的なパーソナルコンピュータのすごさを、プロフェッショナルや専門家への取材をもとに、改めて掘り下げてみよう。
※この記事は『Mac Fan 2024年7月号』に掲載されたものです。
Appleの「プロダクトデザインの本質」
Macのデザインは、フォルムやディテールの美しさだけでは語れない。
Appleの革新的なプロダクトデザインの本質について、多くのハードウェアを手がけてきたクリエイティブユニット「TENT」の治田将之氏と青木亮作氏に話を聞いた。
時代を象徴するデザインをいくつも生み出し、業界の枠を超えて世界のプロダクトに影響を与えてきたApple。
しかし、単にかっこいい、美しいだけなら、いずれ模倣され価格競争でライバルに負けていたかもしれない。
そうならなかったのは、一体なぜなのだろうか。

治田将之さん
株式会社テントの共同代表/プロダクトデザイナー。デザイン事務所、生活雑貨メーカー勤務を経て、フリーランスとしてプロダクト、パッケージ、カタログ等のデザインを手がける。フリーランス時代に仕事を通じて青木氏と知り合い、TENTを設立。最初に買ったMacはチタニウム製ボディに衝撃を受けた「PowerBook G4」。【URL】https://tent1000.com

青木亮作さん
株式会社テントの共同代表/プロダクトデザイナー。オリンパスイメージング株式会社、ソニー株式会社にて録音機器やカメラ、PCおよび周辺機器のプロダクトデザインをはじめ商品戦略や企画を行う。2011年、治田氏と共同でTENTを設立。最初に買ったMacは「iBook (Dual USB)」。今回は岐阜県からオンラインで参加。
思想的な変化がプロダクトに現れる
──青木さん、治田さんは歴代のMacのデザインで印象に残っているものはありますか?
青木:たくさんありますし、今でも好きなものが多いです。いわゆる“ポリタンク”のPower Macintosh G3や“大福”と呼ばれたiMac G4など、使わなくなった今でも大切に保管しています。
治田:どれも印象的でインパクトがあって、素敵なハードウェアデザインですよね。僕もよく覚えています。

青木:新機種を買うたびに、いつ使い始めるのかというくらい、まずは舐めるように筐体を見ていました。ただ、今使っている最新のMacBook Proについては「あぁこんな感じか」と、少し冷めた印象を受けました。
──具体的にどの部分が?
青木:「これをやりたい」と強い意志があってデザインされたモノは、個人的にすごく突き刺さるんです。反対にそれが感じられず、周囲にいろいろ言われて作られたものは、やっぱりそれなりというか…。
──作りたい意思というよりニーズに応えた結果ということでしょうか。
青木:その成分がやや多くなったとは思います。
治田:でも、結局使ってみるとすごくバランスはよくて、印象はガラッと変わったんですよね。
青木:そうなんです。キラキラした特別なマシンから、毎日惜しげなく使い倒せる道具になったのだろうと、今は解釈しています。
──そうした思想的な変化がプロダクトに現れてくるものなのですね。
青木:思想を読み解くのがマニアです(笑)。製品が生まれる経緯(の推察)は社内でもよく話しますし、それでお酒も飲みますね。
──Macのデザインについてこだわりを感じるのはどんな部分ですか?
治田:難しいですね…こだわりの塊のようなものなので。現在のノートPCの典型を定義したのはPowerBookだと思うのですが、Appleはそれを新機種開発ごとにブラッシュアップし続け、毎回究極の形を出し続けています。それ自体、異常なこだわりがなくては実現できません。
青木:画面もキーボードもトラックパッドも、「これは何か?」と毎回ちゃんと自分たちに問い続けるというこだわりがあるのだと思います。たとえば「画面とは何か?」を追究し続けた結果、ベゼルがほぼなくなり、下部に存在したロゴも消えました。その時代、その機種ごとに、もう一度それは何なのだろうと問うている姿勢をすごく感じます。その結果、ディテール全部にこだわっているとしか答えられないのです。
治田:キーボードはもっと自由でいいのではないかとTouch Barにしてみたり、キーの構造から独自開発してみたり…いろいろ検討しながらも、ダメだとわかればすぐに辞めるのもすごいところだと思います。

生産工程から変革するものづくりの衝撃
──プロダクトの製造にはコストや素材の限界など、さまざまな制約が生じるものですが、工業製品としてのMacはデザイナーから見ていかがですか?
青木:ジョブズ復帰後に発売されたiMac以降、Appleは製造工程からすべて変えることで、こだわりが詰まった製品の量産を実現してきました。これは、もうリスペクトという言葉では表しきれません。たとえば、今のMacBookのボディはアルミの削り出しですが、削り出しとは昔は1台きりのプロトタイプに用いるような技術であって、量産なんて考えられないものだったのです。
治田:それまで鈑金をプレスして樹脂をはめ込んでその上にまた何か……という構造で組み立てていたものが、削り出しにすることで部品点数の削減にもつながるので、工業製品として非常に合理的なんです。正しいことをおかしな規模でやっているのが、見ていて“眩しい”んですよ。
青木:子どもにキラキラした目で正しいことを言われたような気持ちですよね。大人たちは言い訳ばかりで(笑)。当時は「あれが許されるなら自分だって(Macを)デザインできる」と言い出すデザイナーがいたほどです。
──デザインはできるけど、と。
青木:そうです。アイブ自身(をはじめプロダクト責任者ら)が工場へ行き、それをどう実現するのか…。たとえば加工方法とコストの落としどころ、素材の調達方法まで、製造ラインそのものの立ち上げから関わっているはずなので、見ている視点が違いすぎるんです。「自分だってできる」という人は、結局図面しか見ていない。
──フォルムやディテールの美しさの前に、量産体制のつくり方が無二であると。
青木:しかも、最終的に世に出すときのビジュアルまで考えたうえで、そこまでしているはずです。初代iMacの広告のインパクトがすごかったのはそういう理由です。あれを想定して生産ラインを考えていたかと思うと、見ている幅の広さに衝撃を受けます。

クリエイターに寄り添うものとして
──そうしたものづくりの姿勢は、今のハードウェアメーカーに影響を与えているでしょうか?
治田:もちろんだと思います。特に近年の中国・韓国メーカーの製品はクオリティが高く、その影響を感じますね。
青木:私たちも実際に工場へ行くようになりましたし、職人の横で工程を理解し、よりよい方法を考えているのは、「それをしないのは言い訳だ」とAppleに見せつけられたからです。
──現在のMacBook Proを「バランスがいい」と評されましたが、Macのデザインに今後何を期待しますか?
青木:たとえば映画『スターウォーズ』の新作は、映像的革新は少なくても、スターウォーズらしくあろうとしますよね。Macもそのように、コアの部分には“Macらしさ”が残り続けるのかもしれません。現行モデルも多くのディテールはアイブがいた時代に作られたであろうガイドラインに忠実で、真面目な人たちがハードウェア開発に携わっているのだろうと思うので、そこは安心しています。
──ガイドラインというものがあるのですね。
青木:勝手にそう思っているのですが、まぁ間違いなくあると思います。ブランドが大きくなるとある程度効率化を図るためにそういう仕組みを作るのが一般的です。たとえばスピーカのパンチ穴の形状を毎回デザイナーが悩んで設計しても、ユーザにとっては価値のないことです。
──“らしさ”を保ちながら効率化し、よりユーザにとって価値あることにリソースを割くためのガイドラインなのですね。
治田:ただ、ジョブズがいなくなりアイブも去り、市場的にもその都度キラキラした何かが誕生するカテゴリではなくなってきているのかもしれません。とはいえ、私たちのようなクリエイティブに関わる人にとって、Macは手に馴染んだ、何かを生み出す道具であり続けてほしいと思いますね。その部分は、これからも大切にしてほしいです。
青木:勝手にジョブズやアイブの意志を継いでいると思っている人たちが、私たちを含め世界中にいますから。キラキラした部分は、その飛び散ったアップルのスピリットから今後も生まれてくるのだと思います。だからAppleには、どうか今のように堅実なものづくりを続けてもらえたらと、好意的にそういう未来を望んでいます。

著者プロフィール

笠井美史乃
アプリ、サービス、マーケティングなど、IT・ビジネス分野で取材・執筆・編集を行う。マイナビニュースでは2013年開始の連載「iPhone 基本の『き』」をはじめ、iPhone・iPad・Apple WatchなどAppleデバイスのハウツーやレビューを担当。雑誌「Web Designing」「Mac Fan」、その他企業オウンドメディアなどで執筆中。