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映像制作の心強い相棒は“Appleのデザイン哲学”がベースにあった。iPadのための絵コンテアプリ「DROMI」製作者インタビュー

著者: 佐藤彰紀

映像制作の心強い相棒は“Appleのデザイン哲学”がベースにあった。iPadのための絵コンテアプリ「DROMI」製作者インタビュー

「絵コンテ」は動画などを制作するときに、要所となるカットを時系列で書き出したストーリーボードだ。近年、個人が趣味で動画を作成してSNS投稿したり、企業がイベントの様子を動画配信したりするシーンが増えてきている。動画をイメージ通りに作るには、下書きとなる絵コンテが重要な役割を果たす。

たとえば、制作関係者と共有することができたり、自分の中でどんな動画になるのかを整理したりできる。また、撮影する際の構図やカメラアングルなどを指示するときにも使える。

絵コンテを制作するためのツールはいくつもあるが、プロ向けのツールの多くは、高機能であるがゆえに習得のための学習コストがかかってしまう。つまり高機能であることは、個人の動画制作においては高いハードルとなる場合がある。そうしたなか、誰もがストーリー性のある映像を作れるように、シンプルな操作で手軽に絵コンテを作れるアプリ「DROMI」はリリースされた。

強みは初心者でも安心して使えるUI

DROMI

【開発】
Fenrir Inc.
【価格】
無料

「DROMI」はユーザの使いやすさ、UX/UIに重きを置いており、Appleユーザが直感的に操作できるように設計されている。iPadを普段から使っているユーザに馴染むよう、Appleが用意しているUIを使っている。たとえば、カラーパレットは純正のメモアプリとまったく同じものだ。

「メモ」アプリのカラーパレット(左)と「DROMI」のカラーパレット(右)。「DROMI」はダークモードのような色合いだが、カラーパレット自体は同じだ。

タイムラインの中のワンカットを作る作業には、「ペン」と「消しゴム」、「選択ツール」、「画像の挿入」、「レイヤーツール」だけが用意されており、複雑な操作はない。また、操作の「モード」を複数設けないことで、ユーザが迷わないシンプルな構成で作られている。

基本操作は好きなブラシを選択して、自由にカットを書いていくことだ。そのほか、間違えた部分を「消しゴム」で削除する、「選択ツール」で選択した部分を拡大・移動・縮小するといったシンプルな機能で迷わず操作できる。「レイヤー」機能を使えば、背景とキャラクターを別々のレイヤーで管理でき、「写真」アプリや「ファイル」アプリから画像を追加することも可能だ。

ワンカットを制作するときの操作画面。画面上部の赤枠に囲まれた5つのアイコンが1枚のカットを作るために使えるすべてのツールだ。右から「ペンツール」、「消しゴムツール」、「選択ツール」、「画像挿入ツール」、「レイヤーツール」。下部の赤枠で囲われたアイコンでカットの「追加」、「コピー」、「削除」が可能。

カットを時系列で追加していけばタイムラインが出来上がる。各カットにメモが挿入できるので、カットがどんなシーンなのか説明を挿入すれば、それだけで絵コンテが完成する。

ストーリーボードの編集画面。描いたカットをつなげた絵コンテが自動で完成する。メモを追加すると、そのカットの詳細を記入することができる。

完成した絵コンテは再生ボタンをタップすることで、実際に時間の経過とともにシーンが移り変わる動画のようにみることができる。カットの尺が長いと感じたらワンタッチで変更できるのも強みだ。ミュージックビデオ作りにも活かせるよう、絵コンテに音楽や音声ファイルを挿入して再生することもできる。完成した絵コンテはPDFやPNGはもちろんのこと、再生できる動画ファイル(mp4)としても出力可能だ。

タイムラインの下にある音声追加ボタンを押せば、「ファイル」アプリから音声や楽曲のファイルが追加でき、音つきで再生できるようになる。右上の共有アイコンをタップすると、出力形式を選んで「ファイル」アプリに保存したり、SNSやメールなどで共有することができる。

UI以外の部分では、iPad専用アプリとしてリリースされているので、iPadの性能を存分に活かすための工夫も多い。iPhoneやMacとのデータのやりとりにも対応できるように、純正アプリ(「写真」アプリ、「ファイル」アプリ)と連携している。Apple Pencilの傾き(チルト)、回転(バレルロール)、ホバー、側面タップ、触覚フィードバック、スクリブルに対応しており、Apple Pencilのスペックを最大限に活かすことができるため、純正アプリ(「メモ」アプリ、「フリーボード」アプリなど)と同等の描き心地を実現する。

「DROMI」開発者へインタビュー

開発に携わるきつね氏とたなごえみ氏に、「DROMI」がなぜ開発され、どこへ向かっているのかを伺った。

「DROMI」の開発者であるきつね氏(左)とたなごえみ氏(右)。
きつね

きつね

「DROMI」の事業責任者。2016年にフェンリルに入社。iOS DeveloperおよびUIデザイナーとして、多数のアプリ開発業務に従事。また、社内サービスの設計・構築・運用とDevOps推進を担当。2023年から、「DROMI」の開発およびUIデザインを担当。博士(工学)。

「DROMI」:2024年 グッドデザイン賞を受賞

たなごえみ

たなごえみ

「DROMI」の起案者であり、デザインおよびディレクションを担当。グラフィックデザイナー、インテリアコーディネーター、アパレルカメラマンを経て、2019年よりフェンリル株式会社に参画し、受託開発や自社プロダクトのUIデザイン、アートディレクションを担当。HCDスペシャリスト。

「NILTO」:ASIA DESIGN PRIZE 2024「WINNER」を受賞 「DROMI」:2024年 グッドデザイン賞を受賞

──「DROMI」はUIにこだわって作っていると聞きました。その理由を教えてください。

たなごえみ:まず、私たちの所属するフェンリルのモットーは「デザインと技術でユーザにハピネスを届ける」ということです。絵コンテアプリにおいて、「デザインと技術」とユーザとの接点といえばUIではないかと考えています。私ときつねがUIデザインを得意分野としていることもあり、こだわって作っている部分になります。

──具体的に、UIでこだわって作っている部分はどこですか。

きつね:説明しなくても使えることを重視しています。アイコンを見たときにどんな操作ができるのかを想像できることは大切です。その点、Appleの純正アプリで使ったことがあるUIであれば説明は不要になりますね。よくAppleの「ヒューマンインターフェイスガイドライン」を参考にしています。

──基本的にはAppleのガイドラインに基づいて作られているんですね。

きつね:はい、そのとおりです。現在のガイドラインはもちろん、過去のガイドラインも参考にしています。現在のガイドラインは事例集のような形でまとまっていて対処法を教えてくれるのですが、過去のガイドラインでは「Appleはこう考える」という“Appleの哲学”的な部分が結構深く書かれています。現在のガイドラインはこれを事例に落とし込んだものだと考えているので、過去のガイドラインの“Appleの哲学”とも言える根源的な部分から考えるようにしています。

──“Appleの哲学”を咀嚼してDROMIが作られていることがわかりました。一方で、オリジナルの部分はありますか?

きつね:アイコンと色はAppleが提供するものを使っていません。「DROMI」の世界観を表現するために独自のルールを作って配置しています。ユーザがアプリ間を行き来するとき、テイストがガラッと変わるとストレスを与えてしまいます。そうならないように、ある程度Appleのルールを踏襲しながらも彩度の高い色を使ったりというところはあります。
ほかにも、作業に没頭しやすくするために、目についてほしい要素は彩度の高い色を採用して、ほかの要素は逆に色を落しています。

──実際の制作を想定してUIを設計されていると聞いたのですが、どういった部分に落とし込まれていますか?

たなごえみ:「どんどんアイデアが浮かんでくる」映像制作ツールとして使ってもらいたいので、さっと書いてすぐにどんなコンテなのかを確認できるように作っています。意外とそれが簡単にできるアプリが少ないと感じています。プロ向けの高機能なツールでもできないことではないと思いますが、やはり「簡単」ということがポイントです。アマチュアの映像制作では、ちょっとしたストレスが作業を中断させてしまうと思うので。

──映像制作をこれから始める人や、初心者をターゲットとして設定している「DROMI」ですが、アマチュア向けという点で大切にしている部分はありますか?

きつね:「DROMI」を使ってステップアップしていくユーザが、たとえば別のアプリケーションを使ってみたいと思ったときに、操作に乖離がありすぎるのは良くないと考えています。「DROMI」は一人で制作できるツールですが、プロ向けのツールは共同作業が前提となった作りになっていたり、相違点も多いです。

──ステップアップしていくユーザ向けに「DROMI」より多機能な上位のアプリを用意するといことは考えていますか?

きつね:「DROMI」自体を上級のアプリに持っていくことはありませんが、上級者向けのアプリを作る構想自体はあります。実現するかどうかは、「DROMI」がこれからどれくらい使ってもらえるかというところによります。

たなごえみ:まず前提条件として、クリエイティブとして大切なことは脳内で思い描いたことを具現化する0を1にすることだと思っています。しかし、時代の流れとして、コンパクトで早くて刺激があるものがよく見られるようになってきていて、シンプルで刺激的であれば受け入れられる世の中になりつつあるようにも感じます。この影響で、今あるものを活用するような作業はみんなできるけれど、ゼロイチができなくなってきていくんじゃないかという不安が大きいです。
私はゼロイチができるアプリを作っていきたいと思っているので、プロ向けのアプリも要望があれば作りたいですが、そのためにも初めの一歩を後押しできる「DROMI」を大切にしていきたいです。

──「DROMI」は大々的に広告を打つわけではなく、どちらかといえば積極的にイベントに参加したり、ワークショップを行うなど、ユーザとのコミュニケーションを大切にされていると思います。これはどのような意図がありますか?

たなごえみ:創作する人を応援したいというところから出発したので、創作意欲が湧くものにしたいと思っていました。そのために大切だと考えたのが、創作をする仲間との横のつながりです。そう考えると、「DROMI」を実際に使っている人の声を友達みたいに聞いて寄り添って作っていく形がピッタリくるんじゃないかと思いました。そういう意図でユーザとのコミュニケーションを大切にしています。

──最後に「DROMI」をどんな想いで作っているのかを教えてください。

きつね:集中が切れず、映像制作だけに没頭できることに焦点を置いて制作しています。ユーザが没頭して作業していくうちに、最終的には「DROMI」やそのほかのツールがなくてもユーザが脳内で絵コンテ作りを完結できるようになってほしいという想いがあります。会社では大きな声で言えませんが、「DROMI」を「もう使わなくていい」と言ってもらえることが一番うれしいです。

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著者プロフィール

佐藤彰紀

佐藤彰紀

『Mac Fan』編集部所属。ECサイト運営などの業務を経て編集部へ。好きなものは北海道と競技ダンスとゲーム。最近はXR分野に興味あり。

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