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MacとiPhoneの統合もあり得る? IntelからARMへプロセッサを変更する意義

著者: 今井隆

MacとiPhoneの統合もあり得る? IntelからARMへプロセッサを変更する意義

画像●Apple

読む前に覚えておきたい用語

アーキテクチャIPコアファブレス
システムの論理的構造を「アーキテクチャ」と呼び、この記事では「CPUの命令セットの設計仕様」を指す。命令セット、メモリアドレスモード、レジスタ構成、アドレスやデータの構造などを含む。Intelプロセッサのアーキテクチャは「IA-32」と「Intel64」。AppleのAプロセッサは「ARMv7-A(A6以前)」と「ARMv8-A(A7以降)」を採用する。汎用的な機能を備えた回路ブロックの総称。たとえばCPUコアやGPUコア、メモリコントローラ、システムバスなどがある。SoCの設計では、IPコアと独自回路を組み合わせてシステムチップを完成させる。ARM社ではコアの種類に応じてIPコアの論理設計(RTL)と物理設計(POP)のいずれか、あるいは両方の提供を行っている。自前の製造工場を持たない企業のこと。半導体製造は設備の維持と更新に莫大な費用がかかるため、開発(設計)と製造の分業化が早くから進んだジャンルである。Intel社は数少ない垂直統合型企業の1つだが、今年8月にARMコアベースのSoC(システム・オン・チップ)向けに、最新鋭の10ナノメートルプロセス製造ラインを提供すると発表し、業界を驚かせた。

IntelとARM両者の戦略の違い

MacのCPUに採用されている「Core」シリーズ、および「Xeon」シリーズのプロセッサを提供するIntel社は、古くからCPUの開発・製造を行うメーカーであり、長年MacのライバルとなっていたPC/AT互換機メーカーにCPUを提供してきた。Intel社は今となっては珍しい垂直統合型の半導体メーカーで、自社でCPUのアーキテクチャ設計、IPコア設計から、マスク製造、チップ生産までを一貫して行っており、CPUチップを自社で販売しつつ、ほかのメーカーにも提供している。

一方で、Appleの「A」シリーズプロセッサは複雑なプロセスを経て開発・製造される。AppleはARM社からアーキテクチャ(ARMv8-A)のライセンス提供を受け、これをベースに自社開発したCPUコアなどのIPコアと、Imagination Technologies社の「PowerVR」GPUコアなどを統合し、外部の半導体製造企業(TSMCやSamsung など)に製造委託してAシリーズSoCを生産している。

ARM社はチップのマスク製造やチップ生産など、半導体製造工場としての機能は持たないファブレス企業で、自社で設計したARMアーキテクチャと、これをベースとしたIPコア(論理設計または物理設計のモジュール)のライセンスを提供し、これらを使った各社の製品(チップ)からのロイヤリティで収益を上げている。従って、ARM社はチップそのものは製造していない。最終製品であるチップの販売で収益を上げるIntel社とは、ビジネスモデルが大きく異なる。

Aシリーズの場合、AppleがARM社から提供を受けているのはARMアーキテクチャのみで、IPコアなどは自社および他社が設計したものを統合している。特にCPUのIPコアを自社で開発することで、ライバルとなるAndroidデバイスが採用するARMコア搭載SoCよりも高い性能のCPUコアを搭載でき、iOSで求められる機能への最適化や不要な機能の整理も自在に行うことが可能となっている。

また、Appleはさまざまな製品にARMアーキテクチャのSoCを搭載している。たとえばMacBookにもARMアーキテクチャのSoCが数個搭載されていることは案外知られていない。現行のほぼすべてのMacに採用されているSSDには、記録媒体であるNANDフラッシュメモリとこれを制御するSSDコントローラチップが搭載されているが、コントローラチップのほとんどは心臓部に32ビットARMコアを採用している。またWi−FiやBluetoothを統括する無線コントローラにも、ほとんどの場合、ARMコアが採用されている。すべてのMacに搭載されているシステム管理コントローラ(SMC)の心臓部には、「Cortex−M0」と呼ばれる組み込み用ARMコアが採用されており、バッテリや冷却ファンなどの管理を担っている。

そのほか、Apple Watchに搭載されている「S1」や「S2」、AirMacやタイムカプセルなどにもARMコアが採用されており、もはやARMアーキテクチャを搭載していないApple製品を探すほうが難しい。

ARM社はCPUコアだけでなく、GPUコア(Mali)やシステムバス(CoreLink)、メモリコントローラ(DMC)など、チップ(SoC)全体を設計するのに必要なコンポーネントのIPコアを提供している。チップメーカーはこれらと他社の提供するIPコアを自在に組み合わせることもでき、「バイキング料理」的にコアを選びながら設計することが可能だ。一方Intel社は完成品のCPUを販売する「幕の内弁当」的なアプローチといえるだろう。
画像●https://developer.arm.com/

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急速に性能を向上するARMコアとその影響

ARMアーキテクチャとそのIPコアは主に組み込み用チップの心臓部としてその市場を拡大してきたが、この数年間のスマートデバイスの市場拡大に伴って、性能を急速に向上させている。中でもAppleがiOSデバイスに搭載するAプロセッサはその牽引役であり、ARMアーキテクチャを採用するアプリケーションプロセッサの中で、常に最高水準の性能を発揮してきた。

Aプロセッサを搭載するiPhoneシリーズと、コアiプロセッサを搭載するMacBookエアシリーズの性能をベンチマークソフト「GeekBench 4」で計測した結果。MacBook Airの性能がこの5年間で2倍足らずしか伸張していないのに対して、iPhoneの性能は6年間で10倍以上に向上している。また「A9」あたりを境に、Intelプロセッサと性能面で拮抗してきたことが見てとれる。

上のグラフはその性能の変化をグラフ化したもので、5年前にiPhone 4sに搭載された「A5」と比べ、iPhone 7に搭載されている最新の「A10Fusion」は約10倍の性能を発揮している。これに対してMacBook Airに採用されているIntelコアiプロセッサの性能向上はこの5年間で2倍以下に留まっており、A10Fusionはついにコアiプロセッサの性能に追いついた感がある。

「A10Fusion」はアーキテクチャ「ARMv8-A」のみをARM社から提供を受け、Appleが独自に設計したCPUのIPコアを搭載する。またGPUにはARM社製ではなくイマジネーションテクノロジーズ社の「PowerVR」コアを組み合わせることで、iOSに最適かつ高いグラフィックス性能を引き出している。さらに内蔵されるモーション・コプロセッサ「M10」には、Cortex-M3ベースのARMコアが採用されている。
画像●https://www.apple.com/jp/

すでに14nmプロセスに達しているARMプロセッサの性能向上は、従来Intel社が長期にわたって辿ってきた製造プロセスの改善工程を、ARM社が短期で上り詰めた結果得られた部分も大きく、ARMプロセッサの今後の成長は大幅に鈍化すると推測される。しかし、限られた電力でMacに匹敵する性能を引き出せるARMコアSoCの省電力性能は、iPhoneのようなモバイルデバイスには非常に魅力的だ。現在のIT業界におけるIntel社の支配的状況も、今後は揺らぐ可能性が高い。

MacとiOSの将来プロセッサの統合も可能か

将来的にはAppleも、iOSデバイスとMacのハードウェアアーキテクチャを統合することが考えられるだろう。従来、MacのアップデートはIntel社のロードマップとそのアップデートに同期していたが、もしMacに自社開発のAプロセッサを搭載できるならば、その必要はなくなる。現状のARMコアSoCの性能不足は、マルチコア化を進めることなどである程度カバーでき、その結果得られる大幅な省電力化と部品の小型化により、本体デザインの自由度も向上すると予想される。特にノート型Macが得る恩恵は大きい。

OSの統合も困難ではないだろう。すでにAndroid OSにはJava仮想マシンによるアプリ実行の仕組みがあり、ARMコアSoCとIntelプロセッサの両方で同じアプリを実行する環境が整っている。Microsoftも同様に、ユニバーサルウィンドウズプラットフォーム用の「UWPアプリ」で、プロセッサに依存しないアプリ実行の仕組みを用意している。

現在のAppleの戦略では、今のところAプロセッサ上ではiOSと同アプリ、Intelプロセッサ上ではmacOSと同ソフトの実行のみをサポートしているが、両者の機能はOSのアップデートのたびに統合が進んできており、使い勝手の違いなどは少なくなってきている。もとより両者の開発環境はXコードに統合されており、将来的にmacOSがARMコアSoC上で動作したとしても不思議ではない。あとはそれがいつ「実行されるのか」だけだと言えるだろう。

Intel社がCPUのアーキテクチャ設計からIP設計、製造プロセスまでをすべて自社で完結しているのに対して、ARM社はアーキテクチャとIP設計のライセンスのみを行い、ハードウェアの製造は行っていない。

※本記事は『Mac Fan』2016年12月号に掲載されたものです。

著者プロフィール

今井隆

今井隆

IT機器の設計歴30年を越えるハードウェアエンジニア。1983年にリリースされたLisaの虜になり、ハードウェア解析にのめり込む。

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