目次
- 拡大するインターネット広告市場。一方で“アドテク”を悪用する例も多数見られる
- Appleを装ったスパイウェアも。怪しいポップアップが出てきたら、すぐにタブを閉じよう
- Appleによる“悪い広告”への対策。問題となるのは「トラッキング」
- ユーザの行動を追跡するトラッカー。Safariは、それを阻止する機能を標準搭載している
- 拡散し続けるユーザの行動履歴。Webページを設計したエンジニアも調べきれない?
- メールに埋め込まれる「トラッキングピクセル」。開封の有無、いつ、何度読んだかを追跡する
- iOS、macOS、iPadOSはトラッキングピクセルを無効化する。その仕組みとは?
- “理想的な広告”は実現するのか。目指す先は、iPhoneやMacが有能な執事になること
2021年秋にリリースされたmacOS MontereyやiOS 15などには、「メールプライバシー保護」という機能が搭載される。具体的には「トラッキングピクセル」を無効化する機能だ。
これは、メール本文の中に1×1ドットの画像を挿入し、それでメールの利用行動をトラッキングする技術である。Appleはなぜ、トラッキングピクセルを無効化しようとするのだろうか。これが今回の疑問だ。
※この記事は『Mac Fan 2021年10月号』に掲載されたものです。
拡大するインターネット広告市場。一方で“アドテク”を悪用する例も多数見られる
電通が2021年2月に発表した「2020年 日本の広告費」の調査結果によると、2020年のインターネット広告費は、マスコミ四媒体広告費(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ)に匹敵する2.2兆円規模。なんと、総広告費全体の36.2%を占めたという。
我々が普段MacやiPhoneでネットサーフィンをしていても、さまざまなネット広告を目にする。しかし、そうしたネット広告を配信するテクノロジー「アドテク」を悪用した例があとを絶たない。
ある人気SNSのタイムライン内広告では、動画が自動再生される。筆者がそこで見たのは、若い女性がベッドの上に座っている映像。そして突然シャツを脱ぎ捨て、下着姿のようになるという広告だった。よく見ると、下着ではなく水着であり、広告表現の業界規制に触れないように作ってある。しかし、性的表現と誤解されることを狙っていることは明らかだ。
Appleを装ったスパイウェアも。怪しいポップアップが出てきたら、すぐにタブを閉じよう
MacでとあるWebサイトを見ていると、ポップアップ広告が出てきて、Appleと誤解されることを狙った企業の広告で「スパイウェアが検出されました」と表示された。指示に従ってスパイウェア除去アプリをインストールする操作をすると、本当のスパイウェアがインストールされてしまう可能性もある。

このような場合、表示されているウインドウのクローズボックスを閉じようとしてもいけない。それがマルウェアのインストールや、デバイス情報送信のボタンになっていることもあるからだ。正しい対応策は、画面内はクリックせず、タブを閉じるか、アドレスバーに別の検索語かURLを入力し、違うWebページを表示させることだ。
Appleによる“悪い広告”への対策。問題となるのは「トラッキング」
このような広告に対し、Appleはさまざまな対策を行っている。
Apple公式サイト内の特設ページ「プライバシー」では、アプリやWebサイトがどのように行動追跡しているのかをわかりやすく解説した「あなたのデータの一日」「数百万のアプリのために信頼できるエコシステムを築く」などの文書が公開されている。

この中で、問題にされているのが「トラッキング」だ。ネット広告は、普段から消費者の行動を追跡し、その人がどのような消費特性を持っているかを割り出そうとする。そして広告を見たあと、どう行動が変わるかを追跡し、広告効果を測定しようとする。
このようなトラッキング行為は、プライバシーを侵害しているとまではいえない。なぜなら、そのデバイスの所有者の名前や年齢、住所、顔写真などまで収集するわけではないからだ。
ただ、そもそもWeb運営者にとって本人の名前や性格などの情報は不要だ。そのIDの持ち主が何に興味を示しているのかなど、購買行動の参考要素がわかればいいのである。
ユーザの行動を追跡するトラッカー。Safariは、それを阻止する機能を標準搭載している
MacのWebブラウザとしてSafariをお使いの方は多いと思う。そのSafariのアドレスバーの左側に、盾の形をしたアイコンがあることにお気づきだろうか。このアイコンをクリックすると、表示しているWebが利用している「トラッカー」の数と名前が表示される。トラッカーとは、行動を追跡して分析するサービスだ。

もちろん、すべてが広告絡みではない。Web運営者が利用者の行動を分析し、サービスの改善に役立てようというものもある。しかし、表示されるドメイン名を見れば「ad」というスペルが目立ち、多くが広告系であると推測できる。

拡散し続けるユーザの行動履歴。Webページを設計したエンジニアも調べきれない?
広告トラッキングの問題は、広義のプライバシー情報である「行動履歴」がどこまでも拡散してしまうことだ。Safariが表示するトラッカーは氷山の一角にすぎない。なぜなら、表示されるトラッカーの多くが、より専門的な分析を行うために、別のトラッカーにデータを再委託しているからだ。

そのトラッカーも、さらにまた別のトラッカーに再委託をされている。そのため、自分の行動データがいったいどこまで拡散をしているのかを調べるのは、エンジニアでもひと苦労だ。もともとのWebページを設計したエンジニアも、第1層のトラッカーは明示的にコードの中に記述をしているが、再委託先のトラッカーまでは関知できない。
メールに埋め込まれる「トラッキングピクセル」。開封の有無、いつ、何度読んだかを追跡する
Appleは、2021年にリリースしたmacOS MontereyやiOS 15、iPadOS 15などから、「メール」アプリに「トラッキングピクセル」を防止する機能を組み込むと発表している。
トラッキングピクセルとは、メールを開封したか、いつ何回読んだかを把握する技術だ。メールマガジンなどの広告効果を測定するのに利用される。
電子メールは基本的に相手が開封したかどうかを知ることができない。そこで1×1ドットの画像を電子メールに埋め込んでおく。このメールを開くと、画像に埋め込まれたURLに従って、画像の内容を特定のサイトに参照しにいく。このときWebサイトに対し、アクセス時刻(メールの開封時刻)だけでなく、IPアドレスやデバイス情報、メールクライアントなどの情報が渡される。
IPアドレスがわかるということは、第三者のデータベースを利用することで、利用している位置情報もかなりの精度で特定できる。トラッキングピクセルは、ほかのトラッキング情報と組み合わせることで、多くの場合、(そこまでする必要があれば)住所や氏名などのプライバシー情報と連結することも可能だ。
iOS、macOS、iPadOSはトラッキングピクセルを無効化する。その仕組みとは?
「メール」アプリでは、本文内の画像をキャッシュする仕組みを構築。そして、電子メールを開いたときにはキャッシュされた画像を読みにいき、メール内で指定されたURLは読みにいかないようにする。そうして、トラッキングピクセルを無効化するわけだ。
トラッキングピクセルで取得される情報は、定義上はプライバシー情報(個人が特定できる情報)ではない。そのため、この行為自体に違法性はない。しかし、ではなぜ、差出人が目に見えないピクセルを使ってユーザに関する情報を収集するのだろうか。
このような説明をしていくと、読者の中には、私が「広告は悪だ」という偏った考え方を持っているのではないかと誤解する方もいるかもしれない。しかし、むしろ私自身はデジタル広告やトラッキングにかなり寛容だと思う。
“理想的な広告”は実現するのか。目指す先は、iPhoneやMacが有能な執事になること
現代社会で生きていて、デジタル行動の痕跡を残さないようにすることは不可能だ。であるなら、プライバシーを守ったうえで、積極的にトラッキングを行い、広告の配信精度を高めてほしいと思っている。
それが理想的な状況になれば、休日前に旅行に行きたいなと思った瞬間に旅行の広告が表示される。また、お腹が空いたなと思ったとき、フードデリバリーの広告が表示されるようになる。まるで、MacやiPhoneが有能なコンシェルジュかバトラーになってくれるだろう。
しかし、現在のネット広告はこの理想状態からほど遠い。既婚者である私にもっとも頻繁に提示される広告は、結婚相談所と出会い系サイトのものだ。Appleは、この矛盾の解消に向けた挑戦をしている。
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著者プロフィール

牧野武文
フリーライター/ITジャーナリスト。ITビジネスやテクノロジーについて、消費者や生活者の視点からやさしく解説することに定評がある。IT関連書を中心に「玩具」「ゲーム」「文学」など、さまざまなジャンルの書籍を幅広く執筆。