AppleとBroadcomが共同で独自設計のAIプロセッサチップ「Baltra」を開発中という報道が流れ、2024年12月ごろ、Broadcomの株価が一時大きく上昇した。次世代AIプロセッサの開発を目指すAppleの戦略を探る。
※この記事は『Mac Fan』2025年5月号に掲載されたものです。
高まるクラウドAI需要
全世界のクラウドAIの市場規模は、近年急速に高まりつつある。中でも「ChatGPT」などに代表される生成AIの急速な普及にともない、世界規模でGPUが不足する事態となっており、需要に供給がまったく追いついていないのが現状だ。
AI処理分野で先行するNVIDIAのGPUは、クラウドAI向けに争奪戦の様相を呈しており、その価格が高騰しているのはご存じのとおりである。
一方、Appleは世界開発者会議(WWDC)24でパーソナルインテリジェンスシステム「Apple Intelligence」を発表。米国を皮切りに、今後世界各国の言語に順次対応させる計画だ。
Apple Intelligenceは、iPhoneやMacなどに搭載されたAppleシリコンのAI処理能力をベースにパーソナルなエッジAI処理を実現する一方、ユーザに向けてより強力なAI処理能力や大規模なモデルを使ったAIサービスを提供するため、プライベートクラウドコンピュート(Private Cloud Compute、以降PCC)と呼ばれるクラウドAIサーバシステムを構築した。

画像●Apple
Appleの発表によればPCCはAppleシリコンを多数搭載したサーバ上で処理され、ユーザデバイス上のAppleシリコン同様に堅固なプライバシー保護とセキュリティを確保するという。
おそらくPCCを構成するサーバでのAI処理のほとんどを、Appleシリコンのスケーラビリティに優れたGPUが処理していると想定される。
しかし、GPUは汎用性に優れる一方で、Neural EngineなどのNPU(Neural Processing Unit)と比較してエネルギー効率で大きく劣る。
この問題はNVIDIAやAMDなどのGPUで構成されるAIデータセンターでも課題になっており、今後急増する電力需要のために再生エネルギーや原発などの電源需要が急増するなど、思わぬところで影響が出ている。
Appleの戦略
GPUの世界的な不足と電力需要の逼迫という課題に対して、Appleが下した方針がオリジナルAIプロセッサの開発だ。そのパートナーに選ばれたのが米国の半導体メーカーであるBroadcomで、同社は以前からAppleデバイス向けにセルラーモデム周辺チップやWi-FiやBluetoothを含む通信チップを提供してきた歴史がある。また同社の取締役であるSophie Wilson氏は、AppleシリコンのCPUも採用するARMアーキテクチャの設計者のひとりだ。
Broadcomは近年NVIDIAに次ぐAIシリコンのサプライヤとして位置づけられており、Googleと2024年6月にAIチップ「TPU(Tensor Processing Unit)」の設計契約を締結している。また、Open AIやMetaともAIチップに関する重要な契約を獲得したとされており、今回話題になっているAppleのクラウドAIプロセッサの共同開発も、そういった流れに沿うものと考えられる。
サーバAIに採用される大規模なAIプロセッサでは、シリコン設計も重要だが、それを大容量メモリと混載するためのチップレット技術も要求される。というのも、AI処理においては搭載メモリ量が「AIの知識(賢さ)」の決め手となり、そのアクセス速度が「AIの性能(頭の切れ)」を大きく左右するためだ。
Broadcomは2024年12月、これらの課題解決に向けた新たなチップレット技術「3.5D XDSiP」を発表した。同技術は従来平面的に配置されていた演算コアとそれを支えるロジックを高さ方向に積層することで、チップサイズを小型化しつつ電力あたりの性能を向上できるという。

画像●Broadcom

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このようなAI処理に特化した高性能チップ「Baltra」を開発し、従来のAppleシリコンと連携させることで、PCCのエネルギー効率と性能を大きく向上することがアップルの目的だと考えられる。さらにAIチップを自社開発することで、地政学的なリスクの低減も期待できる。
AI処理の新たな用途へ
現在のApple Intelligenceは、パーソナルインテリジェンスとして機能する一方、あらゆるAIサービスを提供できるわけではない。それを補佐するために用意されたのがPCCだが、クラウドゆえの課題もある。
たとえばユーザが所有するあらゆるイメージやビデオのデータから目的のものを探したい場合や、企業の持つ経営データなどから戦略を立案させたい場合など、現在のAppleデバイス(エッジ)の処理能力(容量)では足りないケースが少なからず存在する。
しかし、だからといって膨大なデータをPCCに送って処理するのは現実的ではない。また、Apple Intelligenceが提供する以外のAIモデルを動かしたい場合にも、Appleシリコンの性能(容量)の限界が立ちはだかる。そういった用途で、強力かつ大容量のデータが扱えるローカルAIサーバが必要だ。
たとえば、今年1月にアメリカ・ラスベガスで開催された電子機器の見本市「CES 2025」でNVIDIAが発表した「Project DIGITS」は、コンパクトな本体内にBlackwell GPUと20コアのARM CPUを備えるAIチップ「GB10」を搭載したスーパーコンピュータだ。おそらくBaltraは、こういったローカルAIサーバにも応用できると考えられる。

画像●NVIDIA

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さらにBaltraに採用されるテクノロジーが近い将来Appleシリコンに導入されることで、Apple Intelligenceへの新たなAIテクノロジーの導入や、より高精度で高速な処理が実現されるだろう。
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