在宅復帰を目指す患者を多数抱えている富家病院は、グループ施設を含め、100台以上のApple Watchを導入。医療DXを進めることで、入院患者を見守る体制を整えている。先進機器を積極的に導入する方針の背景には、「されたい医療」の理念のもと、最善を模索する試みがあった。
患者を手首からサポート
重度の障害や生活習慣病、加齢などによって長期の療養を必要とする患者に「慢性期病院」では医療ケアや介護、リハビリテーションなど提供し、社会復帰、在宅復帰を目指す。
こうした施設に、最先端のガジェットが導入されていることは多くないように思えるが、もし入院患者たちが、Apple Watchを身につけていたら──。そんな光景が、埼玉県ふじみ野市にある病院にあった。都心から電車で片道1時間半。実際に訪問して、理事長の富家医師に、現場へのAppleデバイス導入理由と、その効果を尋ねた。


訪れたのは、地域包括ケア病棟。肺炎、骨折、手術といった急性期の治療を終え、病状が安定した患者に対して、家や介護施設など、地域に帰るまでを最大2カ月間にわたり支援する病棟だ。通常、患者は急性期病院の入院を機に自立した生活ができなくなる傾向があるため、リハビリをしたり、薬の飲み方や栄養の摂り方を指導したりしながら在宅復帰をサポートしている。

ところが、同院の地域包括ケア病棟は、一般的な慢性期病院のイメージとは異なっていた。患者たちが手首にApple Watchをつけているのだ。

そのうちの一人の男性に声をかけ、「それ(Apple Watch)、どうですか」と聞いてみた。男性は「時計だよ、時間がわかるね」と答える。特に違和感などはないといい、「先生たちはこれで、ほかにもいろんなことがわかるんだろ」と、逆に質問を受けた。
先生たち、つまり医師や看護師らスタッフは、Apple Watchをどうに活用して、患者のサポートに役立てているのだろうか。
100台以上を一元管理
同院では2024年9月、30床の地域包括ケア病棟にApple Watchを導入し、これまでに30台を配置している。つまり、患者全員がApple Watchを身につけることができる。ただし、高齢で認知症を患っているような方は、着用を嫌がることもある。そうした場合は無理につけさせることはないという。
最新のApple Watchでは「心拍数」「(手首)皮膚温」「血中酸素ウェルネス」「心電図」「睡眠時間」「転倒リスク」の検出が可能だ。このうち心電図機能については、2020年に日本でもアプリが医療機器として承認されている。
同院の理事長で、Apple Watchに限らず、同院への先進機器の導入を推す富家医師によれば、「感染症の早期発見」「隠れ転倒・転落の覚知」「せん妄の予兆感知」「心房細動の検知」が期待されるという。
「感染症の早期発見」という面で、Apple Watchには「従来の医療機器にはなかった、ある意味で画期的な機能」があるという。それは「24時間の体温監視」だ。
「これまで、入院中の患者様の体温計測は朝昼晩など、決められたタイミングで行われるものでした。そうすると『測ったときに高い』ことはわかるものの『いつ高くなったか』つまり、どのタイミングで感染症を発症したのかはわかりません。これがすぐにわかれば、感染症を早期に発見できます」(富家医師)
高齢者の細菌性肺炎については「『抗生物質を早期に投与するほど予後がよい』というエビデンスもあり、24時間の体温監視はApple Watchを導入する大きなメリットだと感じます」
もちろん、前述した検出可能なデータを、デフォルトの機能で24時間監視できるわけではない。利用しているのは、アツラエ社が提供する、複数のApple Watchを1台のMacやiPadで一括管理できる「Personal Aile」というソフトウェアだ。

同ソフトウェアを利用すると、複数のApple Watchユーザの心拍数、心電図、体温などの最新の健康状態が一覧で確認できるようになる。さらに、異常値が検出されるとアラートが鳴り、迅速な対応が可能になるという。同院では現在、関連施設を含めて100台以上あるApple Watchを、このソフトウェアで管理しているそうだ。
DXで「されたい医療」実現
富家病院は、医療と介護が一体型になった中規模病院。30床の地域包括ケア病棟のほか、主に気管切開や胃ろうなど重度・慢性期の患者が長期間にわたり入院する療養病棟113床、人工呼吸器管理が必要な患者などが入院する障害者病棟89床などがある。医療法人としての設立は1974年と、約50年の歴史がある。
認知症患者や精神疾患患者にされることがある「身体拘束(抑制)」を15年以上前に撤廃するなど、一貫して富家病院が掲げている理念「されたい医療、されたい看護、されたい介護」に基づいて運営されてきた。
Apple Watchの導入といった、一般的な高齢者施設のイメージを覆す取り組みをするのも、医療のDX(デジタルトランスフォーメーション)により手厚い見守りを実現し、「されたい医療」に近づけるため、と富家医師は説明する。
現場でApple Watchによる見守りをする同院の看護師に話を聞くと「実際に入院患者の心房細動の兆候を発見したケースがあった」ほか、感染症の患者で隔離が必要な場合などに、遠隔で体調管理のできる仕組みは便利だと感じるそうだ。
一方で、富家医師によれば、「たとえば血中酸素については、ベッドサイドで実際に顔色や呼吸の状態を見るスタッフが気づくほうが早い」こともあるという。
そのため、スタッフ数が潤沢な病棟よりも、同院グループとして提供するサービス付き高齢者向け住宅や訪問診療といった場面で、Apple Watchの果たす役割が大きくなる、と今後の見通しを語る。
「『されたい医療』は言葉としては簡単ですが、理想としてこれほど難しいものはありません。そのためにできる最善の医療環境を整えるための努力をする中で、先進機器の導入も積極的に続けていきたいと考えています」
※この記事は『Mac Fan』2025年5月号 連載「医療とApple」に掲載されたものです。
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著者プロフィール

朽木誠一郎
朝日新聞デジタル機動報道部記者、同withnews副編集長。取材テーマはネットと医療、アスリート、アメコミ映画など。群馬大学医学部医学科卒、編集プロダクション・ノオトで編集/ライティングのスキルを磨く。近著に『医療記者の40kgダイエット』『健康を食い物にするメディアたち』など。