「人類が歩いたから文明は発達した」。これは、ぼくの足に合う登山靴をオーダーメイドで作ってくれていた職人さんの口癖。この言葉が大好きだった。
今では、仕事のひとつになっている登山。始めたきっかけは小学生の頃、登山部出身の父に付いて北アルプスを歩いたこと。それ以来、何度も何度も通った日本最大の山脈・北アルプスを、一気に「完全縦断」したのは2年前の夏だった。最南端の岐阜側から入り、長野と富山を抜け、最北端の新潟の海まで降りるという、4県にまたがる壮大な長距離山岳路だ。
ぼくが〝世界移動生活〟でも愛用する、米国ガレージブランドZpacks社製「アークブラスト」、フルスペックタイプでは世界最軽量のこのバックパックに衣食住を詰め、2〜3000メートル級の山41峰を越えて、全長120キロを踏破。もちろん道中すべて山道で、途中に数カ所険しい岩稜もあり、交通手段はぼくの足2本のみ。岩場では当然、両手も大活躍。この模様は、6年以上連載を続けている登山雑誌『PEAKS』の昨年7月号の表紙にぼく自身が登場し、巻頭20ページの冒険記を書いたので、読んだ方もいるだろう。
ぼくがあらゆる交通手段を使って毎年、移動生活を続けているのはご存じのとおり。ジェット機、ヘリコプター、大型客船、高速鉄道、長距離バス、レンタカー、自転車と、文字どおり使える乗り物はすべて活用する。今号は「移動能力=モビリティ」がテーマなので少しアピールすると(笑)、車の運転では、フランスやスペインの古都によくある、東京の比じゃないほど超タイトなあの狭い縦列駐車だって地元の人並みに、最近できるようになった。
これほど交通手段が発達した今でもなお、ぼくが〝徒歩旅行〟と呼ぶ、山岳ロングトレイル登山を続ける理由は、「直立二足歩行」こそが、人間にとってもっとも「原始的な移動手段」だからだ。
どんな形であれ、ぼくは旅が大好きだ。そして、できる限り長い期間をかけて移動し、できる限り遠くへ行きたいと思う。そう願う人はぼくだけでないはず。ではなぜ人は、お金と時間、労力を相当必要とするにも関わらず、必死になって、これほどまでに旅をするのか。
そもそも、我ら「ホモ・サピエンス=ヒト」が、南極大陸を除く全世界に点在しているのは、気が遠くなるほどの「長旅」を続けてきた結果である。陸上ほ乳類でひとつの種が、これほど地球全域に生息しているのは「ヒト」のみ。人類が誕生したアフリカ大陸を、ぼくらの祖先が出たのは5〜10万年前とされている。
じゃあ、なぜ人類は数万年もかけて移動生活を続け、世界に散らばってきたのか。それは、猿と人間を分けたとされる「起用な手」と「直立二足歩行」という特殊な能力がもたらしたとされている。
瞬間的にしか二足歩行できない猿や、直立できず前かがみでアンバランスにしか歩けなかった類人猿と違い、ヒトの「直立二足歩行」というのは、生物学史上、革命的な出来事であったという。
高速移動を可能としたその独特な歩行方法は、驚くほど高いモビリティを我々にもたらしたのである。(次号へ)

※この記事は『Mac Fan 2018年4月号』に掲載されたものです。
著者プロフィール

四角大輔
作家/森の生活者/環境保護アンバサダー。ニュージーランド湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営み、場所・時間・お金に縛られず、組織や制度に依存しない生き方を構築。レコード会社プロデューサー時代に、10回のミリオンヒットを記録。Greenpeace JapanとFairtrade Japanの日本人初アンバサダー、環境省アンバサダーを務める。会員制コミュニティ〈LifestyleDesign.Camp〉主宰。ポッドキャスト〈noiseless world〉ナビゲーター。『超ミニマル・ライフ』『超ミニマル主義』『人生やらなくていいリスト』『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』『バックパッキング登山大全』など著書多数。