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LaserWriterは夢のプリンタだった

著者: 大谷和利

LaserWriterは夢のプリンタだった

民生用ネットワークプリンタの夜明け

故スティーブ・ジョブズが、Macintoshのフォントや印刷機能に力を入れたことは、スタンフォード大学でのスピーチ(https://youtu.be/D1R-jKKp3NA)でも自ら触れていた。若きジョブズは、リード・カレッジをドロップアウト後も面白そうな授業をもぐりで聴講し、特にカリグラフィー(西洋的ペン書道)のクラスに興味を惹かれたのである。

しかし、どんなに美しい文字やグラフィックスも、プリントアウトされなければ電子的なデータに過ぎず、用途が限られてしまう。そのためアップルは、高品位な印刷を可能とする新たなプリンタ技術を求めていた。

一般に商業印刷で求められるドット密度は、最低でも1000dpiといわれている。民生機器でも、せめてその3分の1弱にあたる300dpi程度を達成できないと、たとえビジネス文書であってもアラが目立ってしまう。そこで目をつけたのが、キヤノンが開発していたLBP-CXというレーザプリントエンジンであった。

LBP-CXは、コピー機の原理を応用して、電子的なイメージデータから直接トナーによるモノクロ印刷が可能だった。それ以前にもレーザプリンタの事例は存在したが、部屋1つを占領するほど巨大だったり、ネットワーク非対応だったりしたため、需要を喚起できずにいた。

ジョブズは、初代Mac発表の約2年前の1982年12月に設立されたアドビの創立者、ジョン・ワーノックが、同社開発のページ記述言語PostScriptをLBP-CXと組み合わせ、アップル純正のLANプロトコルであるAppleTalkをサポートするネットワークプリンタの実現に向けて動いていることを知り、そのライセンスを受けて企業向けのレーザプリンタを開発することを思いつく。そして、初代Mac発表のわずかひと月前に両社の合意が成立し、それがLaserWiterへと結実したのである。

足繁く通ったキヤノン01ショップ

LaserWriterは、LBP-CXとPostScriptを組み合わせ、Macの画面解像度に依存せずに、細かなグレー階調の表現や文字レイアウトを緻密に印刷することができた。日本語フォントデータを収めた40MBのHDが付属するLaserWriter II NTX-Jは120万円もしたが、複数のMacで共有できるため、解像度の低いプリンタをMacの台数分揃えることを考えれば、十分元が取れるという理屈だった。

その印刷結果はとても美しかったものの、もちろん個人では手が出ない。そこで、記事用の図版などを高品位印刷したい場合には、当時、キヤノン販売が展開していた直営店舗の01(ゼロワン)ショップ新宿店に出かけ、出力サービスを利用した。料金は1ページあたり300円ほどだったかと記憶するが、かなりの頻度で利用した覚えがある。

今では、あえてDTP(デスクトップ・パブリッシング)と呼ばずとも、実質無料のアプリや1万円以下で買えるフルカラーインクジェットプリンタなどを使い、企業ではもちろん家庭でも高度なレイアウト作業と高品位な印刷が簡便・安価に行われている。しかし、その礎を築いたアルダスのPageMakerも、創立者でプログラマのポール・ブレイナードがMacとLaserWriterに出会っていなければ印刷革命を起こせず、今とは異なる未来が訪れていたかもしれないのだ。