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異端児アナリストのサッカー分析ー庄司悟

異端児アナリストのサッカー分析ー庄司悟

スポーツアナリストの武器は、データと理論とデジタル映像。いわゆる左脳的分野だが、数字の羅列では効果はない。勝利を手繰り寄せるデータは、常にアナリスト独自の感性と熱意によって生み出されている。

アナリスト

庄司 悟(しょうじ さとる)

1952年東京都生まれ。1975年に西ドイツ(当時)に渡り、ケルン体育大学を経て、データ配信会社「Impire」と提携。ドイツでデータアナリストとして長く活動した。2008年に帰国後、データアナリストとして活動。著書に『サッカーは「システム」では勝てない』(ベストセラーズ)がある。

「サークル」と「多角形」が現代サッカーの戦術のトレンド

サッカーアナリストとして活躍する庄司悟さん。ドイツのケルン体育大サッカー専科卒業後、スポーツ分析をスタートし、33年間ドイツで過ごしたあと帰国。現在は日本において、ワールドカップやEURO、Jリーグなどの試合の分析を行い、科学的なデータに基づいた独創的かつ斬新な分析理論をさまざまなメディアを通じて発信している。2014年の著書『サッカーは「システム」では勝てない』では、データを使って常勝国となったドイツチームを分析。それまでサッカーで重要視されていた「システム」と「支配率」の時代の終わりを告げた。

対談冒頭より、庄司さんの話は止まらない。サッカーと数字への情熱が溢れ出す。アナリストの仕事は、チームの「主旋律」を見つけること。オーケストラを例に、その持論を解き明かしてくれた。

「交響曲をイメージしてください。作曲者は楽譜の上に第一バイオリン、第二バイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスといった全パートのオタマジャクシを置きますよね。そしてそれぞれのパートを奏でるとハーモニーが生まれ、交響曲となる。各楽器は異なるメロディなのですが、全体になると主旋律が生まれる。それを見つけるのがアナリストの仕事です。でも、多くのアナリストはそれをしていません。IT技術が飛躍的に進歩し、データはいくらでも取れる時代です。映像にタグをつけておけば、コーナーキックやシュートシーンなども瞬時に引っ張ってこれます。でも、それは1つの音を拾っているに過ぎないのです」

庄司さんの話は、「楽器(が奏でる音)」を「データ」に置き換えて考えるとわかりやすい。データを集めることがアナリストの仕事ではない。そこから何かを解き明かすことが大事だと説く。では、現代サッカーの「解」とは何か、詳しく話を聞いた。

数字を大事にするドイツのメディア

柴谷●庄司さんが23歳でドイツに行かれたのは、アナリストを目指すためだったのですか?

庄司●いえ。私は、それまで日本でサッカースクールの先生をしていたのですが、自分が高校生だったときと同じ練習を子どもたちにさせるのが嫌で、ドイツへ勉強に行きたいと思ったんです。行ってみると運良くケルン体育大学に入ることができ、卒業後はデュッセルドルフの日本人の子ども相手にサッカースクールの運営をしたり、サッカー以外の仕事もしていました。

柴谷●データ分析を始めたのはいつからですか?

庄司●本格的にスタートしたのは2002年からです。元日本代表の高原直泰選手がハンブルグ(ハンブルガーSV)に移籍した頃ですね。高原選手を追って日本のメディアもたくさん来て試合レポートを書いていました。それを興味本位に読んでみたら、その内容がどうでもいいことばかり(笑)。当時からドイツサッカーではデータ分析が重要視されていたのですが、そうした内容は一切書かれていなかったので納得がいかなかったのです。そこで思い切って「インパイア(Impire)」(ドイツのデータ配信会社でサッカーに関するデータをメディアやクラブに提供している)に電話して頼んでみたところ、データの入ったCD-ROMを送ってくれたんです。しかも、インターネットでライブ配信を見られるようにもしてくれて。それを元に、自分のWEBサイトで高原観戦記を毎日のように書き始めたことが、サッカーの数字と付き合うようになったきっかけです。

柴谷●ドイツでは早い段階でサッカーのデータ配信ビジネスが成立していますよね。それはなぜなのでしょうか?

庄司●日本とドイツでは、メディアの情報発信のスタンスに違いがあります。個人的な意見ですが、それは過去の戦争に大きく起因しているのではないかと考えています。ドイツはメディアを通したプロパガンダの怖さについて敗戦から多くを学びました。戦時中、ナチスはプロパガンダを広める際に重要な手段として、書籍や新聞、ラジオ、映画といった新しいメディアを利用したからです。そのため、敗戦後のドイツのメディアは特に公共放送における公平性、つまりできるだけニュートラルに情報発信することを重要視し、物事を伝えるために数字(データ)を多用します。データ収集・配信が早い段階からビジネスとして成立したのはメディアの需要が大きかったからではないでしょうか。

たとえば、テレビでサッカーの試合が放映されるとき、元選手や元監督の人がコメンテーターとして登場しますが、コメントするのは試合前後やハーフタイムのときです。実況はアナウンサーは一人で、その横には専門家がいてアナウンサーにデータを書いた数字を手渡しています。

柴谷●専門家というのはどんな人ですか?

庄司●インパイアなどデータ提供会社の人ですね。一度現場を見たことがあるのですが、当時はチエックポイントが104個あって、その中から特徴のある数字を見つけてメモに書いてアナウンサーに渡すのです。高原選手が出場した試合のメモを記念にもらったので特別にお見せしましょう(Data 1)。おそらく彼が交代するときのデータだと思います。シュート数1回、ボールコンタクト26回、1対1が17回で結果は7勝10敗、ファールをしたのが1回、受けたのが1回、パス成功16本…。このような数字が伝達されていました。

Data 1>ドイツの実況中継の分析

高原直泰選手がハンブルグSVに所属していたときに、庄司さんがもらったメモ。シュート数やボールコンタクト、1対1、ファール回数、パス成功回数などがアナログ式に手渡されていた。

庄司さんが名づけた「サークルディフェンス」の概念図。(図上から)フォワード(FW)、MF(ミッドフィルダー)、DF(ディフェンダー)の3ラインで守備を構成するのではなく、チーム全体でサークル(円)の陣形を形作る。そしてボールの位置に対して、常に正対するように軸をずらしながらサークルの状態をキープしてディフェンスを行う。たとえば、左図からボールが左に触れられたら、右のボランチとサイドバックは赤い矢印のほうへ少し動くだけで、容易に陣形が整えられる。少ない人数が少しの距離だけショートスプリントするだけでよく、かつ相手選手に抜かれたとしても、サークルがコンパクトであれば味方の選手がカバーしやすい。そして、ボールを奪ったら、逆サイドに大きくボールを展開する。

10角形の点をどのようにつなぎ合わせるか

柴谷●スポーツ分析では、その時々の流行りがありますよね。現在のサッカー界のトレンドはどういったものでしょうか。

庄司●日本では、よく4-4-2とか3-5-2といったフォーメーションでサッカーのシステム(戦術)が語られますよね。でも、今のサッカーはそうした型ではまったく説明ができません。また、多くの人が、2010年のワールドカップ南アフリカ大会を制したスペイン型が未だにトレンドだと思っています。素早く細かいパスを回してゴールに迫り、ポゼッション(ボール支配率)で圧倒するというスタイルです。でも、これも間違いです。

2013年頃から世界のサッカーのトレンドは「サークル型」になりました。これは8~10人でコンパクトな円形を作り、ボールの位置に応じてサークルの状態のまま軸をずらして対応するというスタイルです。このメリットはデフェンス時にボールが左右に移動しても、数人の選手が少し移動するだけでサークル陣形を維持できます。また、誰かが相手選手に突破されても、すぐ近くに選手がいるのでカバーしやすい。ボールを追って長い距離を走るよりも、ショートスプリントを繰り返すほうが疲れにくく理にもかなっています。科学的にもそれは証明されていて、2009年にアメリカのフィットネス関連の会社が「15メートル以下のショートスプリントなら繰り返しても乳酸値は溜まりにくい(疲れにくい)」という内容の論文を発表しています。

こうした特徴は実は2009年に南アフリカで開催されたコンフェデ杯で見えていました。当時最強と謳われていたスペインに対してアメリカが2-0で勝利したのですが、そのときのボール保持率は30対70くらいでスペインが上回っていたのです。では、なぜアメリカは勝てたのか。さまざま数字を分析してみて気づいたのは、アメリカのフォワード二人のショートスプリント(短い距離のダッシュ)の数が合計106回と際立って高かったのです(参考:Jリーグ2017第1節の最高スプリント回数はFC東京、永井謙佑選手の40回)。そしていつショートスプリントをしているか映像を確かめてみたところ、デフェンスの陣形がサークル型だと気づいたのです。私はこれを「サークルデフェンス」と名づけました。サッカーで大事なのは4-4-2とか3-5-2といったフォーメーションではありません。ゴールキーパーを抜かした10人でどのように手をつなぐのか、それが重要なんです。

柴谷●すごい発見ですね。今でもこのサークル型が主流なのですか。

庄司●サークル型はどちらかというとデフェンス面で見られた傾向です。そして今はそれを発展させた攻撃の型が見て取れます。

この表(Data 2)は、2012年と2013年のバイエルン・ミュンヘンの年間平均記録です。12-13はユップ・ハインケス監督の最終年で、国内リーグ、カップ戦、チャンピオンズリーグの3冠をドイツチームで初めて達成したシーズンです。翌2013年は(バルセロナで実績のある)ペップ・グアルディオラが監督に就任。驚くべきことに、テクニック系(パス成功率など)の数値と、フィジカル系(スプリント回数や速度)の数値が同時に上っています。一般的にどちらかを上げれば、もう一方は下がるものです。なぜこれができたのか。私は陣形をヘキサゴン(6角形)にしたことで可能になったと考えています。ボールを持つ選手を中心に、6つのパスコースがあるように選手が等間隔にポジションを取り、ボールを素早く円滑に循環させて攻撃しているのです。

Data 2>バイエルン・ミュンヘンの年間平均記録

2012年と2013年のバイエルン・ミュンヘンの年間平均記録。フィジカル系の数字に加え、テクニック系の数字も向上していることがわかる。ヘキサゴン型の陣形がうまく機能している証拠だ。

ワールドカップ2014ブラジル大会で優勝したドイツもヘキサゴン型だったと庄司さんは語る。「2010年大会はドイツはサークル型の陣形を取っていました。10人が円形を描くようにポジショニングし、奪ったボールを効果的なカウンターにつなげられる戦術です」。2014年はそれを発展させ、三角形をあちらこちらに内蔵するヘキサゴン型を取る戦術を取った。これにより、パスの本数とその成功率がアップ。パス本数は2010年が538本、2014年が663本。パス成功率は2010年の72%から82%へと大幅に向上した。

柴谷●庄司さんにとって、分析は発見なのですね。

庄司●そうです。規則性を見出す作業です。2008年のヨーロッパ選手権の準決勝の試合は、答えがわからず半年間もかかりました(笑)。優勝したスペインの特徴をつかみたいと思ったのですが、数字を見るとそれほど選手が走っているわけでもない。パス成功率は高いが、突出するほどでもない。数字でも映像でも、スペインの「数字の異変」を見つけられなかったのです。

ですが、発想を変え、敵のロシア選手に注目してみたらわかりました(Data 3)。スペインの選手たちのポジショニングに特長があったのです。彼らは、空いているスペースに走り込むのではなく、相手の選手に囲まれるスペースにわざと走り込んでいるのです。そして、そこでボールを受けると、相手3人が反応して自分に寄ってくる。つまり、スペインは、ワンアクションで相手のスリーリアクションを引き出しているのです。そしてボールを受けた選手は、味方の選手にパスを通す。成功すれば数的不利から、数的有利を生み出すことができます。

柴谷●こうした戦略はやはり監督の指示によるものなのですよね。

庄司●グアルディオラ監督は、ヘキサゴン(六角形)の戦術を選手に徹底するということを監督就任後約5週間で実現させました。その練習は公開されていませんが、報道向けの公開練習で次のようなウォーミングアップを見ました。それは6人組の選手がヘディングでボールをつなぎ、ゴミ箱に入れたら、次のゴミ箱へ全員で移動するというもの。遊びの要素を入れながら、ヘキサゴンを染み込ませているのです。シンプルできれいな「絵」(コンセプト)を描き、それを短い期間で選手にいかに落とし込むか。これが世界トップクラスの監督がやっていることです。私にとっては、その監督の「絵」をどうやって見つけるかが仕事なのです。

柴谷●選手にとっては監督の戦術を理解して高いレベルで実行できるかが問われるわけですね。バイエルンの例でいえば、瞬時にヘキサゴンのポジショニングを取れるフィジカルな能力だったり、その状態を保ったままスプリント速度を上げでもパスの精度は落とさないようなテクニックだったり。

庄司●面白いデータがあります。これはあるチームの選手の位置情報をGPSで計測したものです(Data 4)。7人でボール回しをしている際の動きで、1つはどの選手もシンクロ(同調)していないのがわかります。でも、ある一言を与えると、これが2つ目のようにシンクロします。的確な指示を出せば、ここまで連動するのです。シンプルで効率の良い決まりごとを与えることで、このようにチームの波を揃えていく。名将たちはこれを行っているのです。

Data 3>スペイン代表のポジショニング

黄色が味方の選手で、赤が相手選手。相手の選手のポジショニングを判断し、相手の選手に囲まれるスペースにわざと入っていくことで(上図から下図)、数的不利な状態をわざと作り、相手の反応を誘ったうえで数的有利を作り出す。

Data 4>選手のシンクロ状態

上図は7人の選手の動きがバラバラであることがグラフの波から見て取れる。しかし、ある一言を庄司さんが発して指示したところ、下図のように選手がシンクロしていく。シンプルで効率の良い決まりごとを与えることが監督の仕事だと庄司さんは語る。庄司さんが発した一言は「内緒です」だそうだ。

「異変」がわかるコンセプトマップ

柴谷●庄司さんが提唱するコンセプトマップについて教えてください。

庄司●コンセプトマップは、チームの特徴を視覚的に捉えられるようにした散布図です。右上に優秀なチームがくるような指針選びをします。たとえば、Y軸がパス成功率でX軸が走行距離にすると、右上のチームは、ボールも人も動いているということを意味します。左下はボールも人も動かない。勝っているチームはカラーで、負けはモノクロで区別すると、ボールがつながらないけど勝っているチームなどが一目でわかります。チームコンセプトの違いを視覚的に表すことができるので、このチームとこのチームがぶつかると面白い試合になるというのもわかります。

2016年ヨーロッパ選手権をコンセプトマップにすると、イタリア代表は右下に位置します。走っているが、パス成功率は高くない、というエリアです。でも、これは意外ではないですか? イタリアは固い守備が特長とされ、それほど走るイメージはありません。ですが、映像で確認すると、そのカラクリがわかります。守備陣ではなく、攻撃陣が走っていたのです。彼らは相手のキーパーにプレッシャーをかけることで、慌ててゴールキックをさせていた。すると、多くの場合ロングボールとなる。ロングボールとなれば、どちらがその後で確保できるかはフィフティ・フィフティです。したがって、パス成功率は下がるし、走行距離は長くなるのです。

また、Jリーグとブンデスリーガをスプリント回数と走行距離で比較してみたことがあります。Jリーグのスプリントは平均166回で、走行距離11・4km。一方でブンデスリーガは205回、走行距離は変わらない。走行距離が変わらず、スプリントに違いがある。これはどこに原因があるのか。多くのコーチは答えられないと思います。

これは、1本のパスに連動する選手の数が違うということです。たとえば(名古屋グランパスのフォワード)佐藤寿人選手が1本のパスに対して1人で走るのに対し、バイエルンなら6人で一斉に動く。データとしては、スプリント回数は1対6になるのです。こうしたことは、指導者やメディアはなかなか気づきません。気づかなければ、数字はただのレコード(記録)に過ぎませんが、その意味に気づけば、それは重要なデータになり、戦術の根拠となり、試合を変えるのです。

2016年ヨーロッパ選手権を各種データを元に、各代表チームの戦術を視覚的に捉えられるようにしたコンセプトマップ。あまり走るイメージのないイタリアは実はよく走っていることがわかる。こうした事実を元に映像分析で「なぜか」を見つける。

対談を終えて

数字を比較して異変を見つける。これはビジネス分析でも行われる手法だ。ここからビジネスでは、さらなる調査などを敢行する。スポーツ分析では、映像で答えを探っていくのが主流だ。庄司さんの分析手法はこうしたベースに則っており、説得力がある。Jリーグのコーチにも同様の話をする機会があるというが、「あくまでデータ」と見られ、受け入れられることは少ないそうだ。本当にそうだろうか? もし庄司さんを受け入れるチームが日本に現れたら、私は注目したい。

文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com