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データは裏づけ。「現場」と「総合力」を重視する分析が日本柔道を支える

著者: 柴谷晋

データは裏づけ。「現場」と「総合力」を重視する分析が日本柔道を支える

日本スポーツ振興センター パフォーマンスサポート事業

パフォーマンス分析(柔道)

鈴木利一 (すずき としかず)

1987年生まれ。東海大学大学院体育学研究科修士課程修了。高等学校非常勤講師を経て、2014年より現職。2010年から現在、東海大学女子柔道部コーチ。2013年から現在、全日本柔道連盟強化委員会科学研究部員。

どん底からの復活劇を支えるのはデジタル技術による分析

男子柔道の快進撃が続いている。史上初の金メダルゼロに終わったロンドンオリンピック後に就任した井上康生監督のもと、2015年世界選手権では団体戦も含め8階級のうち4階級で金メダルを獲得、銀と銅も合わせると総メダル数は8つ。その復活を支える要因の1つがデジタル技術による分析だと言われている。

柔道は個人の格闘技だ。格闘の要素は、個人による瞬間的な判断が決め手となる。これを数値化することは難しい。柔道では一体、どのように分析を行い、何が快進撃を生み出しているのか。リオデジャネイロ・オリンピックを3カ月後に控えた5月中旬、日本代表アナリストである鈴木利一さんに話を聞いた。

カメラ12台を持って大会会場へ

柴谷●日本代表の柔道ではどのような分析を行っているのですか?

鈴木●分析は、試合の撮影から始まります。試合が行われるマット上だけでなく、ポイントが表示される掲示板も撮影し、マットと掲示板を合成した動画をリアルタイムでPCに取り込みます。そして、通称「ゴジラ(GOJIRA)」(ネット上でのアップロードや試合のキーポイントをタグ付けできる新システム)を用いて、技の種類や罰則などを入力します。試合中はこれらの作業を1人がすべて担当し、試合後にタグをより細かく分析して、傾向をレポートにまとめます。大会では、多い場合4マットで試合が行われますので、カメラを12台くらい持って行くこともあります。

柴谷●そんなに多くの作業を試合中に行うのですか?

鈴木●そうです。1人では2マットに対してカメラ4台の操作とPC2台のタグ入力が限界です。加え、随時フィードバックの対応があるため、基本は1マットに対してカメラ2台、PC1台の作業となります。遠征は私を含め2~4名でサポートに入るため、連携が欠かせません。

柴谷●ITを活用した分析が始まったのはいつ頃なのでしょうか?

鈴木●昭和52(1977)年より全日本柔道連盟強化委員会に科学研究部が設置され、直接、間接的に競技力の向上に関係する研究の1つとして競技分析が進められてきました。ITを活用したリアルタイムの分析は、2014年度頃から試験的に導入され、改良を重ね今に至ります。近年の柔道ではポイントが重要ですから、それを受けて分析がより重要視されるようになりました。

選手だけでなく審判の心理も読む

柴谷●試合の分析はどのように行うのですか?

鈴木●技や罰則の分類と比率、時間帯ごとの得失点、組手の位置と技の関係性など、多岐にわたります。日本の選手のみならず、他国の対戦相手でもこれは同様です。現在まで男女合わせて約8千試合の分析を終えています。また、審判員の癖や傾向も洗い出します。審判員によって罰則の取り方の傾向が異なるからです。たとえば指を柔道衣の中に入れてしまう反則を取らなかったり、「ゴールデンスコア」(サドンデスの延長戦)に持っていきたくないという心理からか、試合時間残り1分になったら罰則を与えやすい審判員がいたりするからです。

柴谷●審判員の分析をするのはラグビーでも同じです。ゲーム序盤に反則を多く取るが終盤はあまり取らない人もいれば、同じペースで笛を吹く人もいます。それによって対策を立てます。試合をリードしている場合、前者ならボールを持ち続ける、後者なら陣地を稼ぐためにキックを選択する(反則を取られてペナルティゴールで逆転されるリスクを減らす)のが理にかなっています。

鈴木●柔道では、試合開始1分半で優劣がつかなかったら大体どちらかに「指導」が与えられます。試合前半に指導を取られたら勝てない、逆に指導を取ったら8割は勝つ、という傾向が分析からわかっています。ですから、今の柔道においては最初にポイントを取ることが重要なのです。そして罰則を極力避ける。こうした分析結果を監督やコーチを通して選手と共有しています。

情報はカタチにして共有しなければ意味がない

柴谷●大会が終わったら、どのようなレポートを作るのですか?

鈴木●私はA4サイズの書類一枚にまとめています。情報を「価値ある形で提示すること」が重要だと考えているからです。たとえば、最近の試合において技術や罰則の評価をパーセンテージで表すと、ある傾向が見えてきます。

柔道は変化の速いスポーツですから、将来的には担当コーチがオリジナルのレポートを作成できる汎用性の高いシステムを構築していきたいです。処理した膨大なデータをコーチが活用できれば、選手個々の強みや特徴を瞬時にもっと引き出せるのではないかと思うからです。

柴谷●今までのレポートで、一番役に立ったと思われるものは何ですか?

鈴木●やはり全体の傾向が掴め、それを監督やコーチに評価してもらい、練習内容が改良されたときには喜びを感じます。監督やコーチからの要望は多岐にわたりますが、できる限り迅速に対応することを大事にしています。もっとも大事なのは、分析ではなく現場です。監督、コーチ、選手にどう活用してもらうかを常に考えています。

柴谷●今後、柔道はどのように進化していくのでしょうか?

鈴木●国際化が進み、たとえばモンゴル相撲やグルジアのチタオバ、ブラジルの柔術など、世界各地の伝統的な格闘技をベースとした新しい技がどんどん出てきています。選手にとって、見たこともない技というのはとても怖い。そうした環境にしっかりと対応していくことが重要です。日本の技術は間違いなく世界一だと思っていますから、技を最大限に発揮するためにはITによる分析のみならず、フィジカル強化や栄養サポート、メンタルトレーニング等のさまざまな面から進化させなければなりません。

井上監督は、就任以来ずっと「総合力で戦う」と言っています。組織が1つにならないとどこかでスキが生まれてしまう。アナリストの仕事は細かい作業の繰り返しで大変ですが、「総合力」という考え方に立ち、それらが明日の日本の勝利につながるのだと考えれば、「あのデータが役立った。ありがとう」と言われるだけで十分なんです。

Data 1 選手ごとの分析レポート

試合終了後に作成する日本選手ならびに各国の代表選手の分析レポートの例。A4サイズ一枚に各選手のプロフィールや成績、得意技、技術や罰則の評価(一本や技あり、有効、指導等のパーセンテージ)、得点や失点の時間帯や内容、ならびに技をかける前と後の写真を入れている。監督やコーチ、選手はiPadやiPhoneといったモバイルデバイスでこうしたレポートを閲覧する。

柔道の試合会場は、何面にもわたる場合がある。多いときは、会場に12台ものカメラを持ち込み、試合の様子や掲示板などを撮影。そして、パソコンを利用して試合の分析(タグ付け)を行っていく。

対談を終えて

「現場が大事。データは裏づけ」と鈴木さんは繰り返す。これが逆にデータありきとなると、現場は混乱する。これでは分析の意味がないということだ。鈴木さんは、柔道をもっと親しみやすくするのが夢だと語る。たとえばバッティングセンターのように、誰でもふらっと「柔道やろうぜ」と町の道場へ行く。「精力善用」「自他共栄」の精神が込められた柔道を広く活用してもらいたいと言うのだ。アナリストや分析というと思考力と計算力が頼りのように思われるが、それだけでは続かない。鈴木さんのように、その競技への愛着が支えになっていることも多いのだ。

文・柴谷晋(しばたに すすむ)

1975年生まれ。上智大学外国語学部卒、東芝ブレイブルーパス・パフォーマンスアナリスト。広告代理店勤務、英語教員、大学ラグビー部コーチ等を経て、2015年より現職。ノンフィクションライター、日本聴覚障がい者ラグビー連盟理事としても活動。著書『エディー・ジョーンズの言葉』(ベースボールマガジン社)『出る杭を伸ばせ』(新潮社)、『静かなるホイッスル』(新潮社)WEBサイト:susumu-shibatani.com