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なぜ今、モバイルなのか?

著者: 山田井ユウキ

なぜ今、モバイルなのか?

鶏が先か、卵が先か?

原●今回の対談のテーマは、「モビリティ」に関してです。今やiPhoneやiPadといったモバイルデバイス(以下、モバイル)を仕事で活用することは珍しいことではなくなってきました。こうしたモバイルを活用した仕事のやり方やワークスタイルは「モビリティ」と呼ばれますが、こと日本においてはまだ、このモビリティがうまく機能していない、きちんと理解されていないと感じています。そのことに関してお話を伺えればと思っています。

有馬●原さんがそのような問題意識を持つきっかけになったのはなぜですか?

原●『Mac Fan』では特にiPadが発売開始された2010年以降、ビジネスや医療、教育の現場におけるiPhoneやiPadの活用事例を数多く取材してきました。すばらしい活用方法に感動することがある一方で、うまく現場で活用されていない、ワークスタイルの変革を伴った生産性の向上につながっていない、と思われるようなケースに遭遇することが多いからです。とかく昨今では、モバイルの重要性やワークスタイルの変革が企業内で重要視されていますが、単にモバイルを社員に配ることがモビリティなのか?と感じるような、モノやシステムありきの導入が多いように感じます。

有馬●モバイルが普及し、使いやすく便利になり、モバイルにしかできないことができるようになったから何かを変えよう、というのは本来順番が逆だと思っています。モバイルを社員に与えたからといって、すぐに効率や生産性が上がるわけではないのです。むしろ社員はモバイルを押しつけられると、監視されているとか、働かされているといったネガティブ方向から受け止めてしまいがちです。

そうではなく、まず「モバイルがないと話にならない」ところまでビジネス(日常の業務)を持っていかないといけないのではないでしょうか。それでこそはじめて生産性が上がったり、より働きやすくなったり、これまで以上の世界が実現するわけです。実際、私がグーグルにいたときも、モバイルがないとまったく仕事になりませんでした。

原●おっしゃることはよくわかります。モバイルが活用されていないということは、まず第一にそれを利用する人がそれを必然として捉えていない、つまりモバイルなしでも仕事ができているように感じてしまう、という環境や意識下に置かれていることが原因にあるのだと思います。まずはモバイルが必要不可欠となるような土壌を作ることが大事というわけですね。グーグルにおいては、ビジネスのスピードの観点からモバイルが必須なのでしょうか。

有馬●はい。1つはスピード面です。たとえば、上司への報告のスピードは速ければ速いほどいいわけです。上司の承認や判断も同様です。部下の相談は常にエマージェンシーなのですから、半日も待てば当然生産性は下がります。上司がクイックレスポンスしないで、生産性を上げろというのはおかしい話ですよね。

もう1つはライフとワークのバランスの観点からです。夜遅くまで会社にいるより、早く会社を出て家族と過ごしたり社会と交流したりする時間を取り、それを終えてからもう一度仕事するというスタイルのほうがはるかに現実的で効率がいいわけです。そういうときに会社にいなければならない、パソコンがなければならないのは大きな制約となります。つまり、そうしたときにモバイルデバイスがないともっと悲惨な労働環境が待っているわけです。いい意味で仕事と生活を両立してハッピーになるなら、モバイルは必要不可欠な存在なのです。

原●たしかに日本においては、モバイルを入れたから「さぁ、働き方も変えよう」となりがちで、働き方の意識変革が行われていないのにモバイルで武装させてもそれが活用されないのは当然のように思えます。

ですが、モバイルがあるのだから今から変えることができる、ともいえると思います。つまり、企業の経営者にとってはモバイルが広まった今こそチャンスとして捉えるべきではないのか。とかく日本では企業やチームの生産性を高めようと思ったときに、人を頻繁に入れ換えるということが海外のようにはいきません。ですから、人の働き方を変えようと、先進的な企業では在宅勤務などの自由な勤務体制を認めたりして働き方変革が行われてきています。まだ一般的な企業に広まるまでには至っていませんが…。

有馬●日本の場合は、自由な働き方=在宅勤務として捉えられがちなのだと思います。実はグーグルでは在宅勤務を推奨しているわけではありません。基本的には会社に来てコラボレーションするというほうがいい、ということになっています。ただし、四六時中会社にいる必要はない、という考え方です。自宅か会社かみたいな二者択一になってしまうと、それをできる会社は少ないと思います。

私は、どこで働いてもいいから結果を残してくれ、というほうが好きで、そのためにはモバイルはマストということになります。鶏が先か、卵が先かの話ではないですが、どこでも働いていいという文化になかなか踏み込めないのは、モバイルがうまく活用できていないからともいえますし、逆にモバイルをしっかり活用できると信じていけば、その溝は埋まっていくとも思います。

原●そうしたことに気づいて変えていくべきなのは、社員自らなのでしょうか、それとも経営層(あるいはシステムを作るほう)からなのでしょうか。モバイルの使い方や利用率に関しては圧倒的に個人のほうが進んでいるというのが現在です。ライフでは自由にモバイルを扱っているのに、会社に行った途端いきなり不自由になる。そうしたギャップをおかしいと感じていながらも、なかなか行動には結びつけられない。

有馬●やはり企業においては、個人レベルではなく、まずは経営層側から変えていくべきだと思います。ことごとくIT革命の話をしていても、日本のネックは「経営層のITへの不安」といわれます。ですから、私のところにはそういった内容の講演依頼がよく来るわけです。私はもうすぐ還暦ですが、経営層の方もそれくらいの年齢の人からいわれると納得するようです。「これはまずいぞ」と思うのでしょう(笑)。

グーグルの働き方

原●有馬さんがグーグルの代表取締役だったときに、社員の方はどのような働き方をされていたのでしょうか。

有馬●モバイルについては、グーグルでは自らアンドロイドを作っていたりしますのであるのが大前提でした。グーグルの企業文化的なところでいうと「自発性」と「応援」の2つを徹底していました。社員が自発的にアイデアを出し、上司はそれを応援する。上司の役割は管理監督ではなく、社員を信じて応援するということです。

原●グーグルの人事トップが同社の採用・育成・評価について語った『ワーク・ルールズ!』という本がありますが、そこでも自発性と応援について語られていました。性善説に立ち、社員を徹底的に信用し、信頼することが大事であると。

有馬●私が以前に在籍したリクルートの文化を語るときにもいわれる「ところで、君はどうしたいの?」というのがキラークエスチョンです。そうすると意識の高い人は「じゃあ、どうすればいいでしょうか」とはいえないですから。

グーグルでは上司と部下が週に一度30分面談します。そこで部下から「ああしたい、こうしたい」が出てくるので、「いいね」だったり「むしろこうしたほうがいいんじゃないの」とアドバイスして、「じゃあ、それをどうやってサポートしたらいい」と上司が尋ねるわけです。これもある意味キラークエスチョンになっています。自発性を求めつつ、出てきたイノベーションのアイデアをつぶすのではなく、サポートするということです。

原●モバイルが先か、働き方が先かという話がありましたが、グーグルの場合でいえば、そうした自発性を尊重する働き方が社内に根づいているというのが大きいわけですね。

有馬●ですから働く場所についても同じで、自分で考えてよ、となるわけです。余談になりますが、震災のときは極めつけで、世界中どこにいてもいいというルールを作りました。状況が落ち着くまで海外で仕事をしていた社員もたくさんいます。モバイルがいかに当たり前のものになっているかということを経営層は認識したうえで、会社をこう変えるんだというビジョンがあり、そのためにモバイルがそれを助けるという考え方が大事なのだと思います。

原●そうしたモビリティが浸透するためには、働く場所や時間といったことだけでなく、社内の評価システムだったり、給与体系だったり、といったことも変わっていかざるを得ませんよね。そうしたところまでしっかりと経営層がデザインして、本当のモビリティは実現するのだと思います。日本ではどうも、そうした部分がおろそかにされた形でモバイルが導入されていることがあり、それが結果としてモバイルの非活用につながっているのでしょう。

有馬●そうですね。たとえば社員の時間管理がやりにくいのであれば、それもモバイルでやってしまえばいいのです。自動的に勤務時間を記録するような方法もありますし、そちらのほうがやりやすいのではないでしょうか。ただ、私はモバイル至上主義ではありません。モバイル時代に相応しい新しいやり方があると思いますので、それを実行するためにモバイルが支えるという関係性が大事だということです。

「ところで、君はどうしたいの?」 というのがキラークエスチョンです。 そうすると意識の高い人は 「じゃあ、どうすればいいでしょうか」とはいえないですから。

有馬 誠 Makoto Arima

株式会社MAKコーポレーション代表取締役社長。倉敷紡績株式会社や株式会社リクルートを経て、1996年にヤフー株式会社入社。2010年1月にグーグル株式会社入社、同年5月に代表取締役に就任する。

ターニングポイントはいつ?

原●アップルとIBMがエンタープライズ・モバイルで提携しましたが、彼らのWEBサイトには「企業のモビリティの次の段階、それはデータがエンゲージメントに結び付くところ」といったようなキャッチコピーが書かれているのですが、日本では次のステージどころか、まだまだ遠いなと感じざるを得ません。ただし、近い将来、そうしたターニングポイントが訪れるような気がしていますが、だとしたらそれは何がきっかけになるのでしょうか。

有馬●1つは世代交代でしょう。今の40代は学生時代からPCに親しんでいる世代です。50代以上とは明らかに大きなギャップがある。僕らの年代はPCがダメな人が多く、それを隠しもしないのです。ITがわからないと公言している。これは恥ずかしいし、世界に向けてバカですといっているようなものなので、そのような態度はやめたほうがいいと思います。ですから、今の40代が経営陣になるときが来れば、それが1つのターニングポイントになるのではないでしょうか。

また、もう1つに「外圧」があると思います。MITでは毎年「世界で最も革新的な会社」を発表しますが、ここ数年、日本の企業ではLINEしか入っていません。ランクインしている企業を見ると、どのジャンルにおいてもITを活用してイノベーションを起こしていて、たとえば「ウーバー(Uber)」や「エアビーアンドビー(AirBnB)」のようにそうした企業がどんどん日本に入ってきてこのままでは日本のビジネスはぶち壊されるという危機感が本物になってくると日本企業も変わっていくと思います。

原●そうしたイノベーティブな企業は、ITの力によって従来のITの枠を超えたところに新しいビジネスを見つけているのが特徴かと思います。最近仕事をしていて考えるのは、「答えは自分の中や、自分の会社にはない」ということです。従来であれば、既存のビジネススキームの中でさらに努力したり、踏ん張ったりすればなんとか持ちこたえられていたわけですが、今ではそうしたスキームは完全に通用しなくなっている。現在では形のあるものを生産する労働から、形のない知的生産物を創造する業務にシフトしていますから、ビジネスを固定的に捉え、それ以外の仕事をしないと会社はうまく回っていきません。

有馬●ITは今ではほとんどの会社に入っています。ここで大切なのは、下支えするというITの役割はとっくに終わっていて、事業そのものに入り込んできているということです。つまり、ITがバックヤードからフロントエンドへ入ってきている。IT企業でなくても、革新を起こしている企業はすべからくITの力を使っています。

ですから、従来の枠組みでやっているとそこから取り残されることは明らかで、もはやITやモバイルに詳しくないとやっていけない時代なのです。人事、いわゆるHR分野でも「HR Tech」(Human Relations Technology)で語られる時代なのですから。そうしたうえで働き方自体も、それに合わせて変革しないとならないのは必然だと思います。

原●そうした時代の中で、やはり変革のキーとなるのがモバイルであると思います。仕事の現場において、モバイルデバイスは、人と人とをつなぐコンタクトポイントです。つまり、情報をインプット/アウトプットする道具だ、ということです。iPhoneやiPadなどのデバイスがPCとどこが違うかについてはよくいわれますが、1つは電源を切らなくていいこと。そしてもう1つが、常にネットワークとつながっている、ということです。今後、IoTやIoEといったデータが偏在する時代が本格化しても、モバイルがオンラインになっていれば常にデータにアクセスできます。そうした環境をすべての人々が手にしているという自覚が必要で、そしてあとはそのデータをいかに情報やナレッジといったものに変え、モバイルによって新しい人や物と接点を持つのか、それを実現することがモビリティなのだと思います。

有馬●そう語ると大層な話に聞こえますが、そんなに難しいことでは決してないのです。出先でデータを見るとか、わからないことがあったらすぐ調べるとか、こういうことの積み重ねなのではないのでしょうか。グーグルではいつでもどこでも情報にアクセスできるということが当たり前です。特に、検索と地図とデータ。この3つに常にアクセスし、調べることができることが大切です。

一言でいえば「情報に対して感度を高める」ということに尽きるのだと思います。そしてそれを人間が本当に得意とする「判断」でいかに形に変えていくか。モビリティの本質は、知的生産性を上げてくれることなのだと思います。検索なんてその最たる例で、24時間いつでも勉強できる。このことを企業は活かしていかなくてはなりません。

モバイルがオンラインになっていれば常にデータにアクセスできます。そうした環境をすべての人々が手にしているという自覚が必要で、そしてあとはそのデータをいかに情報やナレッジといったものに変え、モバイルによって新しい人や物と接点を持つのか、それを実現することがモビリティなのだと思います。

原 清 Kiyoshi Hara

『Mac Fan』編集長。海外大学卒業後、建築事務所勤務を経て、2002年に毎日コミュニケーションズ(現、マイナビ出版)に入社。2014年11月より現職。

ギャップはチャンスだ!

─ビッグデータ革命を生き抜く、超前向き思考の働き方

著者:有馬誠 出版社:日経BP社 価格:1620円(税別)

ヤフージャパンでインターネット時代の幕開けを目の当たりにした有馬氏。ITによって実現できる革命やITの本質を理解していた氏だったが、グーグルに参加したことでITのさらなる可能性を感じ、グーグルが目指そうとする世界と自分のITの認識とに大きなギャップを感じる。本書は、グーグル日本法人の代表を務めた有馬氏が自分のキャリアを振り返りながら、日々の仕事で体得した「超前向き思考の仕事術」を語る。ビジネスや成長の源泉として、「ギャップ」(機会)に挑戦し、未来を切り拓いていく人に勇気を与える一冊だ。